今日からですよ
「というわけで、今から調査に出ようと思います」
「パス」
「オレも」
「……もう少しでいいので、ヤル気を出して下さい……」
先輩二人のあまりに非協力的な態度に、リーさんも心が折れる寸前だ。だがしかし、オーガスト先輩は知らないが、オレにはきちんとした理由があるのだ。
「ごめんね、リーさん。オレ今日ちょっと病院に行きたいんだよ」
「え、先輩どこか悪いんですか?」
別にいう必要はないと思っていたが、仕方ない。
「いや、実はさ、この前リーさんに抱きつかれた時からあばらが痛くて。何かあるとイヤだから、ちょっと診てもらってきたいんだ」
シンシアを幽霊か何かと感違いしたリーさんに思いっきり抱きつかれた件だ。あれからずっと脇腹に鈍い痛みがある。
「そ、そうですか。それを言われてしまうと引き止められませんね。お大事にしてくださいね。あ! 診察代は私が払いますから後で……」
「いやいや! それはいいから!」
後輩女子に抱きつかれ負傷した挙句、通院費を負担させる男。かなり長いが定着しそうで怖い。
「了解しました。では、オーガスト先輩と二人で行くことにします」
「待って、私の意見は?」
「大丈夫です。二人でやればすぐですよ!」
「ちょ、ちょっと!」
リーさんに引きずられてオーガスト先輩は連れて行かれてしまった。
「さて、オレらも帰るぞ。シンシア」
『ねぇ』
「ん」
『やっぱり、どうにかしてこの子飼えないかしら?』
まだ言ってたのか。
ちなみに診察結果は、あばらにヒビが入ってました。リーさん怪力説濃厚だな。
本日も良く晴れたいい天気だ。近頃は世界樹の花弁も、その勢いを弱まらせ、やっとのことで薄桃色以外の色が街を飾り出してきている。
「そっちだ! 急げ、モタモタするな!」
「はい!」
ドタバタと騒がしいのは、消火隊の連中だ。火焔兎がかなり増殖したおかげで、彼らの仕事が急増している。
だが、それも今日までの話だ。午後からは特別課題が開始される。成績に飢えた学生達によって、一体残らず兎は狩り尽くされるだろう。
『ねぇ、サクラ。やっぱり……』
「飼いませーん」
『ケチ!」
拗ねたシンシアは本の中に戻ってしまった。一応はお前のために言ってるんだぞ。
「はざっす」
「おはようございます。ミナセ先輩」
「ん」
チーム299の部屋では、リーさんがせっせと掃除に精を出していた。
「お、直ってるね」
昨日まで磯臭かった部屋は、綺麗に元どおりになっていた。先輩が壊した扉も、削った床も、その痕跡すら見当たらない。
「そうなんですよ。これで気持ちよく課題に専念出来ますね」
「あぁそっか。それがあるのか」
「何故残念そうにするんです。今日からですよ」
面倒くさいなぁ。
「そういや、昨日の調査はどうだった? 何かわかった?」
「それが……」
リーさんは本を読んでいるオーガスト先輩と、困ったように目を合わせる。
「全然わからなかったんです。何を見せても反応してくれなくて……」
「どれくらいの数試したの?」
「燃えそうな物を三十種類くらいを、二十体に」
妙だな。かなりの数を試しているが、それでも兎は反応しなかったのか。もしかしたら、かなり特殊な好みを持った兎が増殖元なのかもしれない。
オレなりに、兎が好みそうな可燃物を考えていると、珍しいことが起こった。校内放送の鐘の音が鳴り響いたのだ。
「おや、何かあったんですかね」
校内放送は、お昼の時間以外でらは滅多なことがない限り使用されない。なので少し気にかかる。
「皆様こんにちは。放送部のシェアラ・ファーガソンです」
昨日少し名前の出ていたシェアラ先輩だ。相変わらず、綺麗で聴きやすい声をしている。
ちなみに、以前シンシアも放送部に誘われたことがあったが、興味がないらしく断っていた。
「本日、緊急事態が発生致しました。現在、街に逃亡中の火焔兎の焼却対象が、図書であることが判明致しました。図書士科生徒は、直ちに全員、火焔兎の殲滅作戦に参加して下さい。繰り返します……」
『えぇと、これって』
「まずいな」
「まずいね」
「大変ですよ!」
ただの特別課題が、街を巻き込んだ大事件に発展した瞬間だった。




