いつって最初から
会計の意図はわからない。だが、この部屋の状況をよく見ろ、ということなら、わかることがある。
「そうだな。あれじゃないすか。めちゃくちゃ目の保養になるっすね」
そうなのだ。この部屋の女性陣は見てる分には素晴らしい。もしここに画家が現れれば、今すぐ絵に残したいと思うだろう。だけどなぁ、みんな性格がなぁ。
一人悩ましく思っていると、突然会計がバンと壁を叩いた。
「その通りだよ! まさに豪華、いや、豪華絢爛! 学内でも飛び切りの素敵な女性達が揃い踏みしている! そして、ただ美しいだけではないよ。知性と気品を兼ね備えた、最高の淑女たちだ! 僕は今、この部屋に同席出来ていることを心から神に感謝するよ!」
「ちょっとトーマス。少し静かにして下さい。今 大変貴重な意見交換をしているところです」
「おっと失礼。我を失ってしまっていたようだ」
「あんたはたぶん、いつも失ってるよ」
もうこの人に敬語とかいいや。でもまあ、確かに言いたいことはわからんでもない。本当にこの人、これで性格いいのかなぁ。悪くはないんだろうけど。
「そうだ。ところでミナセ君。この素晴らしい空間を完成させる、最後のピースが足りないね。精霊さんはどうしたんだい。今日は姿を見ないようだけれど」
「あぁ、今日はちょっと体調崩してて、本の中なんだ」
もちろんウソである。シンシアは以前からこの男のことが苦手なのだ。
初めて出会った時、この男はシンシアを見るやいなや、スライディングで飛びついてきた。その後、となりのオレが聞いてて恥ずかしくなるような口説き文句を延々三十分も聞かされたのだ。そりゃ苦手にもなる。
「そうか。実に残念だよ。よろしく伝えておいてくれ。早く体調が良くなると良いんだけれど」
悪い人ではないのだ。仲良くなれそうな部分もあるのだが、なんか変態チックな所が邪魔をする。
「……わかりました。今回の我々の規則無視については、何らかの形で生徒の皆さんに納得して頂けるようにします。よろしいですか?」
「もちろんです。すみません、つっかかるような事を言ってしまって」
「いいえ。大変有意義な時間でしたわ。あなたには是非とも生徒会に入ってもらいたいものですね。トーマス! 帰りますよ」
「あれ? 帰んの? 護衛は?」
どうやら女性陣の話は終了したみたいだ。副会長が静かに椅子を引く。
「今日に限っては、乙姫さんに我々と同行してもらいます。今後の細かい話し合いや、彼女の壊した物や施設の弁償についての説明もありますので」
「あぁ、この部屋の件ですね」
『うむ。すまんことをしたのぅ』
本当に思ってんのかこの人は。
「ま、まあ、ここだけではないのですが。では行きましょうか」
副会長は苦笑いでさえ美しい。あぁ、今日も一度もお話出来なかった。そしてじゃろ先輩は絶対反省などしていない。
『良し良し。では行くとするかの。ではサクラ、またの』
「あんま面倒起こさないように頼んますよ」
副会長と会計でじゃろ先輩を挟むようにして、四人は出て行った。
ずっと立っていて疲れてしまった。空いた席に急いで座る。
「ふぅ」
「あれ、リーさんも疲れちゃった?」
ため息をつく彼女は少しくたびれた様子だ。
「はい。やっぱり凄い方たちなので、緊張してしまいました。お二方は流石です。いつものように自然体でしたね」
どうだろう。あまり一概に凄いとも言えない気がする。
「それで、えらく長い間話してたけど、何の話してたの?」
「あぁ、それはですね。やっぱり規則についてのお話と、あと、生徒会長についても少し」
「へぇ」
「副会長も大変素晴らしい方なのに、会長のことをベタ褒めされてました。是非私も一度お会いしてみたいですね」
あぁ、なるほど。だからあんな顔してたのか。
「ん? リー、やっぱり気が付いてなかったの? 会長いたよ」
「え、ええ!? いらしてたんですか? いつ? 私全然気が付かなかった」
「いつって最初から」
平然と答えるオーガスト先輩に、リーさんがキョトンとする。
「へ? 最初からって?」
「あの人達、三人できて、最後はじゃろ先輩連れて四人で帰ってったぞ」
女性陣が席に座ってから、オレはずっと会長と会計にはさまれて立っていた。
「ちょっと冗談はやめてください。何分同じ部屋にいたと思ってるんですか。気が付かないわけがないでしょう!」
「あの人影薄いからね。ほら、このお茶会長が淹れてくれたんだよ?」
美味しそうに紅茶をすするオーガスト先輩。確かに、机の上には全員分、七人分のティーカップが置かれていた。
「そ、そんな、私声も聞いてませんよ」
「喋ってないからね」
「ずっと無言!?」
「だったと思うけど。ミナセ話した?」
「いえ、あ、でも、今日の紅茶はいい出来らしいすよ。ていうかリーさん。そもそも、昨日演習ルームに会長いたよ」
女性陣の話に邪魔にならないように、小声で教えてくれた。
「ええ!? 昨日も? 本当に、皆さん私をからかっているとかではなく?」
「うん。まあ、あの人、初対面の人には直接話さないと気づいてもらえないって能力持ってるから」
「あぁ、なるほど! 魔書契約者ですか!」
「いや、持って生まれた人としての才能」
「不憫すぎる! 本当ですか? それにそんな人が生徒会長選挙五連覇なんて、めちゃくちゃなことしたんですか?」
「あの人強いからね。おかげで賭けがつまんないのなんのって」
「オレは去年、じゃろ先輩に票入れましたよ。それに、さっきは忘れてましたけど、今年からは会長六年生で出場出来ないから、また面白くなりますよ」
「あそっか。 影薄いから忘れてた」
アハハと、オーガスト先輩と笑い合うという非常に珍しいシーンだ。
「わかりました! 今度会長がいらした時は私にも教えて下さい。いいですね!」
「何でちょっと怒ってんの」
「この学校にちゃんとした人がほとんどいないからです! もう良いです! さあ、特別課題についての話し合いを始めますよ!」
そうだった。どうでも良いからすっかり忘れていた。




