野暮なこと聞いちゃいけないよ
「本当に、本っ当に! 先輩を少しでも信用した私がバカでした!」
オレの命の危機とオーガスト先輩が去った頃、午後一つ目の講義終了の鐘がなった。本来ならばこの後も講義は続くのだが、今日は特別課題の発表と参加受付があるのでお休みである。
今、オレ達、リーさんとセレンの三人で、その発表を見るために中演習ルームにやってきていた。他にも課題を受けるつもりなのだろう、人気チームや、有名生徒らが続々と集まってきている。
「面白かったよー。『先輩は来ると約束してくれましたので、絶対に来ますっ』て、もうキラッキラした目で言うもんだからさ、みんなもちょっとサクラのこと待ってたの。そしたら全然こないんだもん! 普通に講義は進むし、結局こないし。コーエン先生も大ウケでさ、サクラ出席したことにしてくれたんだよ」
「まじかよ、ラッキーだな!」
「ラッキーじゃありません!」
リーさんは怒りと羞恥で顔真っ赤である。
「来るって言ってたじゃないですか! 一体どこで何をしていたんです!」
「あー、それは……」
一体どう言い訳したものだろうか。オーガスト先輩には、秘密にして欲しいなどとは言われていない。しかし、もちろん軽々しく人に言いふらすような内容でもないだろう。ノートのことがバレたからってオレを殺しにきてたしな。あの目は本気だった。
「言えないことをしてたんですか!?」
「まぁ、なんと言うかその、なあ? シンシア?」
『私にふらないでよ』
「リーさん、野暮なこと聞いちゃいけないよ。若い男女が二人きりですることなんて限られてるでしょ?」
「なっ!? なんて、ことを! 先輩わかってますか!? ここは学校ですよ!」
「こらセレン。後輩をからかって遊ぶんじゃない。」
「えー、話逸らしてあげたのに」
悪い方に逸らしてどうする。
リーさんの厳しい追及からどう逃れようかと思案していると、演習ルームの入り口から、黄色い叫び声が次々に上がり始めた。
「キャー! バッシュロ様よ! 今日も黒髪が素敵!」
「副会長だ! すげぇ、やっぱめちゃくちゃ美人だよ!」
「こんなところでお見かけ出来るなんて……幸せ……」
その叫びは男女入り混じり、途切れる事はない。それもそのはず、やってきたのは、この学校で最も人気のチームだ。
「あちゃー、生徒会も参加するんだ。サクラたち大変だね」
「もうオレ帰っていいかな」
「いけませんよ! 初めからわかっていたことです。頑張りましょう!」
え、リーさん知っててこの課題受けようとしてんの? 本当に大丈夫かなぁ、この娘。生徒会チームは何を隠そう、この学校で最も優秀なチームだ。彼らの参加を知って、課題取得を諦めるチームも多数出て来る。だが、生徒会チームを一目見ようと集まった人だかりのせいで、演習ルームから立ち去ることもできない。哀れすぎる。
オレもセレンも興味はないので、人だかりに混じろうとは思わないが、リーさんは少し興味があるようだった。
「生徒会の方々ですか。うわさはたくさん聞きますが、一体どんな方たちなんでしょうね。たしか、歴代の生徒会の中でも特に優秀な方々なんだとか」
「じゃあ見てきたら良いんじゃない? まだ少し時間あるよ」
「そ、そんな見世物みたいな……。いいですよ。それに、あの人だかりをかき分けるのは、ちょっと」
全くもってその通りだ。でも少しまずい。他でもない、リーさんのような女の子がそんな話をしてしまうと…。
「お呼びですか。姫」
ほらきた。
「キャアァアァ!!」
女子生徒から大歓声があがる。リーさんの片手を恭しく取って、片膝をつくのは黒髪の長身の男。黒く地味なはずの制服も、こいつが着るとまるで劇団の衣装のように華やかだ。長い睫毛に高い鼻、紫色の瞳はどこか蠱惑的で見る人の心を狂わせる。学校創立以来の美青年と称えられる男、生徒会会計、トーマス・バッシュロだ。
「ちょ、え? え?」
なんという早業。突然どこからともなく現れた男に片手を取られている。その状況にリーさんはひどく混乱してしまっているようだ。
「おっと、驚かせてしまったかな。申し訳ない。僕の名前はトーマス・バッシュロ。生徒会会計だ。どうぞよろしく」
リーさんの手を名残惜しそうにはなして、一歩下がってお辞儀をする。それだけで、周囲の女子生徒は嬌声をあげる。
「おや、もしや君は……。これは素敵な偶然だ。神様も粋なことをしてくれるね。君に大事な話があるんだ。どうだろう。これから2人で……」
「え、え、あの、ちょっと!」
再びリーさんの手を取った。イケメンの猛アタックは、リーさんを一層混乱させる。
たぶん止めに入った方がいいのだろうが、正直生徒会と関わると面倒なので、無視する。ごめんね、リーさん。
「あの、その、手をはなして、下さい」
「悪いけど、それは出来ないよ。君がその可愛らしい唇で頷いてくれるまでは……イテ!」
なおもしつこく迫る会計に、手刀をお見舞いしたのは、もちろんオレや、セレンではない。
「トーマス。彼女は嫌がっているでしょう。手をはなしなさい」
「うぉおぉお!!」
今度は男達の熱い叫び声があがる。もちろんオレも混じっている。
「今すぐその手を離さないと、あなたの腕に花を咲かせますよ」
学園のお姉様こと、リーリエ・S・ジューン副会長様のご登場だった。




