なに面倒がってるの
「まあ、嘘泣きはこれくらいにしておいてだな」
鼻水をすすりながら話をもどす。
「じゃろ先輩、何度も言ってるが、オレは側室にはならない。竜宮城にもいかないし、図書士にもならない。お断りさせて頂く!」
『サクラ……!』
『お主……』
「ちょっと! 聞き捨てなりませんよ!」
カタンと、椅子を引いてじゃろ先輩が立ち上がる。
『カッ! 良いじゃろう。基本ダメ人間なお主に潔い返事など期待しておらぬ。時間はたっぷりある。ゆっくり待つとしよう』
「いや、オレ今断ったよ? 話きいて!」
「先輩! あとで私からもお話がありますからね!」
『カッカッカ! 良い良い! また会いにくるぞよ!』
じゃろ先輩は竜の尻尾をご機嫌に揺らしながら帰っていく。
『それと』
入り口付近で振り返る。大きな瞳を片方閉じて、右手の人差し指を口元に当てて微笑んだ。
『ここのことは、生徒会には内緒じゃぞ?』
流石は精霊。そのあまりの可愛らしい仕草に、思わず胸の鼓動が早くなる。
『それじゃあの』
手と尻尾をひらひらさせながら、いなくなってしまった。
「私、右大臣でも良いかも……」
「!?」
『!?』
頬を桜色に染めたリーさんの一言が、今日一番の衝撃だった。
「だから違いますって! あれはちょっと魔が差したというか……そう! そうです! 右大臣なんて大変なポストを用意して頂けるんです。嬉しいに決まってるじゃないですか!」
「あらそう? リーさんって意外と権力志向なんだなぁ」
「も、もう! 怒りますよ!」
後輩を弄って遊ぶのは楽しい。リーさんに激しく手刀をくらいながら、昼からの講義に向かう。今は、じゃろ先輩が壊した物の報告を、学生課と生徒会にしに行く途中だ。
「あ、やべ」
「どうしました?」
「証書忘れて来ちゃった。取ってくるから、リーさん先にいっておいて」
どの道学生課には行かないといけないのだ。どうせなら証書を出しておきたい。
「そうですか。では報告は私がしておきますので。先輩はそのままサボっちゃダメですよ!」
「わかってるよ」
次は書史学の講義だ。数日ぶりにセレンに会える機会だと言うのに、みすみす逃したりはしない。あれ、でもリーさんが報告してくれるなら、別に学生課に寄る必要もないのか。どうしよう。
『なに面倒がってるの。どうせ後でなくしたり、期日を忘れてたりしちゃうんだから、今しておきなさいな』
「それもそうだな」
伊達にシンシアは長くオレと暮らしていない。ただ、この時珍しく前向きな判断をしたことが、後々さらなる面倒を引き起こしことになるとは、オレとシンシアは知るよしもなかった。




