何の話!?
フィオ・オーガストは柄にもなく焦っていた。中央舎の中腹、誰もいないチーム299の個室で必死に手を動かす。本来、こんな恥ずかしいことは自宅、いや、自室以外でできない。誰に見つかるかもわからないし、見つかれば大変なことになる。誰かに見られながらした方が捗るという人もいるらしいが、あいにく自分はそういうタイプではない。しかし、それでもここ数日忙しくて何も出来なかったので、空想がたまりにたまってしまった。それを今この少しの空き時間で何とかぶちまける。右手はいつもより勤勉に動いた。
もう少し、もう少しで終わる。あと一息だ。しかし、
「ん、あれ先輩、いらしてたんすね」
思わぬ邪魔が入った。集中しながらも周りへの警戒は怠っていなかったため、間一髪で逃れることが出来た。
「講義はどうしたんすか。あ、もしかして先輩もサボり?」
「違うから。あんたと一緒にしないで」
本当に、あと少しだったのに。そう思うと悔しくて仕方ないが、もうどうしようもない。自宅に帰るまで我慢するしかない。
「そういえば先輩、誰かと話してたんですか? なんか声が聞こえてきたんですけど」
「 は、はぁ? 何言ってんの。私以外誰もいないじゃん」
まずい。何か聞かれてしまった?
「そうすか、ならいんですけど。なんか最近、遠くの人と音声会話できる書が発売されたらしいんで」
「さあね、あんたの聞き間違いじゃない?」
おかしい。部屋に入ってきてからというもの、オーガスト先輩の動きが不審だ。顔も火照っているし、髪も乱れている。ただ、それを追及しても意味がないような気もする。
「ま、いいか。あとこれら頼まれてた課題達成証書です。先輩の分、置いておきますね」
「あ、あぁ、ご苦労様」
どこか受け答えもぎこちない。いつもの先輩は怖いけど、こうも不審だと更に怖くて困る。あと気になるのは、
「先輩、そのノートなんすか」
矢のような速度で机の上にあったノートが消えていった。
「何の話?」
「あ、いや、そのノート……」
「何の話!?」
「っな、なんでもないっす!」
何故か鬼の形相をした先輩に怒鳴られて、思わず折れてしまった。先輩顔真っ赤だ。触れちゃいけないことだったかな。
「おはようございま、て、どうしたんですか。お二人とも。そんなに汗をかかれて。演習でもされてたんですか?」
流石は女神。気まずい空間に現れた救世主だ。
「これが達成証書ですか。もっと簡易的なものかと思っていたんですが、結構大きいんですね」
オレがドラグスピアさんから預かってきた証書は、たて四十センチ、よこ六十センチの大きさで、かなりしっかりした物だ。
「依頼者によって違うよ。小さな子供の依頼者だったりすると、折り紙が証書になったりするし」
「な、なんですか、それ。可愛い……」
どうやらリーさんのツボだったようで、両手で頬を抑えて悶えている。あれはあれで大変なんだよ。じゃろ先輩が間違えて紙ヒコーキにして飛ばしちゃったりして。
「あとはこれを学生課に提出すれば良いんですね」
「証書は自分で持って行かなくちゃいけないから。気をつけてね」
受け取りは他人でも構わないが、提出は本人でないといけない。不正防止のための決まりだ。あと、提出期限は前期終了まで。こまめに出してもいいし、まとめて出してもいい。
「わかりました。気をつけます。さて!」
バン、とリーさんが机を叩く。びっくりしたぁ。
「お二人共、次の講義はお休みのはずです。今後の我がチームの活動について、今から話し合いをしましょう。あとミナセ先輩! 講義に休みを入れすぎです! あとで追加申請しにいきますよ!」
リーさん、なんて恐ろしい人だ。どうして他人の講義予定を知ってるんだよ。
「話し合いって何すんの」
オレが沈んでいると、先輩が話を進めてくれる。
「はい。私は次に、特別課題を受けようと思っています!」
「は、はぁ!?」
オレとオーガスト先輩の素敵なハーモニーが室内に響きわたった。




