しぬよ
「はーい、課題達成おめでとう。お疲れ様だったネ」
「いえーい」
オレはシンシアと一緒に、教育図書館の仮眠室にやって来ていた。話をしているのはもちろんドラグスピアさんだ。
「いや、ボクは君ならきっとやってくれるって信じてたヨ。嬉しい限りだネ」
「えー、そっすかー。てれるなー」
ゆるい会話である。
「何でも、随分頑張ってくれたみたいじゃないか。二人の報告書にも書いてあったヨ」
「え、あの二人もう報告書出してるんですか」
「うん。二人共昨日のうちに持ってきてくれたみたいだヨ。助かるなぁ」
「そういえば兄さん、お仕事はどうでしたか?」
「近いうちに君も提出してネ」
くそ、話がそらせない。嫌だなぁ。
「お仕事は順調だヨ。そうでなくちゃ、ここにはいないさ。魔獣の討伐だったからネ。運良く全員生還してこれたヨ」
「兄さんって意外と武闘派っすね」
「ひどい話だヨ。こんないたいけな乙女を捕まえてさ」
「え、兄さん今日は……?」
「姉さんって呼んでほしいな」
紛らわしすぎる。
『ねえ』
お茶菓子を頬張っていたシンシアが急に真面目な声を掛けてきた。
『さっき運良くって言ってたけど、もし運が悪かったら……」
「しぬよ」
姉さんの目は何故か笑っていた。
「今だいたい五人から七人のチームで動くんだけどね、基本的な生還率は七割くらいさ。これを高いと見るか低いと見るかは人それぞれだね。今回ボク達のチームはベテランが多かったから、それが要因かな」
にこやかに話す姉さんに、別に引いたりしない。図書士とはそういう仕事だ。軍より小回りの効く図書士の方が出動回数は多いし、当然、殉職者も増える。
「再来週にまたお仕事があるんだ。軍がずっと抑えこんでた魔獣が、そろそろ手がつけられなくなってきたみたいでね。図書士三十人で一斉攻撃仕掛けるんだってさ」
ひどい話だよ。いつまでも笑顔を絶やさない姉さんは、異常でも何でもない。これが本物の図書士ってものだ。
「姉さん」
「ん、何だい」
「姉さんにもしもの事がある前に、この部屋の所有権、オレにくれないかな」
何かを期待していた姉さんの顔が、明らかに曇った。
「君ねぇ。全くもうだヨ。デリカシーってものはないのかい? それにもっと他に言うことはあるだろう?」
「オレにそんなもの期待されても、ねぇ?」
『そうね、その通りだわ』
「フフ。そうか、わかったヨ。でもね、まだまだこの部屋の所有権はあげないヨ」
「そっすか」
姉さんはそう言うと嬉しそうに笑って伸びをした。
「さあて、そろそろ寝ようかなぁ。だいたい、君、くるのが遅いんだヨ」
「ハハ、すみません」
ベッドの上で毛布にくるまり始める。
「ねえ、次に起きたとき、君はここにいてくれるかい?」
鼻まで毛布で隠して、こちらを見つめてくる。姉さんはいやに子供っぽい。
「さあ、どうでしょう。でも、誰かいるとしたら、それはきっとオレですよ」
姉さんは、頭まで完全に毛布を被ってしまった。
「そうかい。じゃ、期待しないで寝ることにするヨ。フフ」
最後にもう一度だけ顔を出して、こちらを一目見てから、すぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。寝つき良すぎ。
「そんじゃ、いくか」
『そうね』
仮眠室の扉を後ろ手に閉める時、何かがずり落ちる音が聞こえてきた。きっとまた、あの狭いベッドとベッドの間で丸くなっているのだろう。




