あんた後で集合ね
銀の振り子時計は、この部屋で唯一、一時間ごとの時刻を知らせてくれる時計だ。他の時計は全てドラグスピアさんの目覚まし時計である。
「よっ、あれ、意外と頑丈だな、この、ふんっ!」
「ちょっと、何やってんの」
現在、オレは振り子時計を調べる作業をしていた。なかなか高いところにあるので、脚立に登っての仕事だ。ただ、思ったより小窓が固く閉じられており、ビクともしない。
「はぁ、しょうがないですね。ちょっと先輩どいて下さい」
「いや、リーさん、これめちゃくちゃ固いよ!」
女子の力で何とかなるとも思えない。なんか工具とか持ってきて……。
パコン!
「え」
「ミナセ……」
オレの驚きの声と先輩の呆れた声が重なる。片手で小窓を開いたリーさんは、そのまま中に手を突っ込んで、ゴソゴソと調べている。
「あ、ありましたね。流石にこれはダミーではないでしょう」
一冊の単行本を掴んで、リーさんが脚立から飛び降りる。一瞬スカートの裾がひらりと舞って、オレの心をドギマギさせる。
「え、リーさんてやっぱりすごい力持ち……?」
怪力と言わなかったオレの気遣いを褒めて欲しい。
「失礼な! 違いますよ。先輩が非力すぎるんです」
「ちょっとミナセ、あんたもう少し身体鍛えた方がいいよ」
まじかよ。どうしよう、ちょっと情けない気がしてきた。
「ともあれ、見つかりましたね。『恋文の技法』」
女性陣が少し嬉しそうなので、オレも嬉しい気持ちになる。
色々あったが、課題もラストスパートだ。
「さて、あとはこれをどうしましょうか。あの女生徒さんがくるのを待ちますか?」
例の検索を頼んできた娘か。だとしたら今日、明日中に来館してくれるかは微妙なところだ。なんて言ったって休館だし。
「私考えたんだけど」
「昨日の夜遅くですか?」
先輩の発言に茶々を入れて行くリーさん。この後輩は先輩のことが大好きなのかもしれない。
「いや、さっき」
動じない先輩も流石だ。
「ふつうに棚に返せばいいんじゃないの。そしたら自然にあの女子も借りられるわけだし」
極めて現実的な案だ。ただ待っているだけでは話も進まない。
「そうですね、書架整理も残っていますしね。とりあえず皆さんで棚の方へ……」
『ねえ』
ベッドに腰掛けているシンシアが小さな声を掛けてきた。三人で精霊を見下ろす形となる。
「どうかしましたか、シンシアさん」
『いえ、あの、ね。その……』
「なんだはっきり言えよ。先輩が怒っちゃうだろ」
「ミナセ、あんた後で集合ね」
しまった、墓穴だ!
『……お昼ご飯は食べないの?』
「あ」
三人共すっかり忘れていた。みんなで顔を見合わせる。正直、このまま作業を進めたいところだろう。ただ、こんなしおらしく言われてしまうと、どうもいけない。
「わかりました。私もお腹は空いてます。行きましょうか」
「まって、もうどうせだから私もいく」
結局は団体行動になった。図書館近くの売店てま軽く買い物をして、その場で食べてきた。ちょっとした飲食スペースがあるのだ。
「しかし、シンシアさん本当によく食べますね。ミナセ先輩より食べてたんじゃないですか?」
「な、本当に勘弁して欲しいよ」
当の本人はお腹一杯になったら寝てしまった。牛か。
「んじゃ、帰るよ」
食後のコーヒーを飲んでいた先輩が立ち上がる。彼女は小さなサンドイッチしか食べていない。長身に似合わぬ少食だ。
「はい。今日で終わらせてしまいましょう」
机の上を片付け終えたリーさんも続く。面倒だが、オレも立ち上がらなければならないようだった。




