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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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メロンパンで我慢しなさい


 作業開始から小一時間が経過した。しかし、まだ「銀の時計」は見つからない。それらしいものはいくつか見つけたが、その度に「スカ」や、「ハズレ」、「バカ」と書かれた紙切れが出てくるばかりで、ブチ切れしたオレとオーガスト先輩で合わせて三つほど時計を粉砕した。


「見つかりませんね」


  ひたいに汗を浮かべてリーさんが呟く。オーガスト先輩はさっきからずっと無言だ。


「あの人本当、性格ねじ曲がってんな。こんな無意味な事に時間かけさせなくても良いだろうに」


 かつて森の廃屋で「空想観察記録」を探したことをを思い出しながら、両手の時計を放り出した。


「シンシアー、そっちありそうか?」


『たぶんないわ。ったく、なんで私まで』


  シンシアにはベッドの下やソファの裏など、探しにくい場所を見てもらっている。


『サクラ、お腹空いたわ。何か食べ物はないの?』


「お腹空いたって、まだ……、ってもうこんな時間か。先輩メシにしませんか?」


  左手首の時計が、ちょうど昼食時を指していた。


「んー、ミナセなんか買ってきて」


 作業に熱中している先輩はどこか上の空だ。


「じゃあ、私が何か買ってきます。先輩方は少し休んでいて下さい。あんまりこんを詰めすぎてもいけませんから」


 手早く近くの時計を片して立ち上がるリーさん。こういう時この娘は後輩の鑑だ。


「オーガスト先輩は何がいいですか?」


「んー、私はパン系かな」


  答えながらもオーガスト先輩は手を止めることはない。集中力があるのだろう。対してオレはというと、ベッドの一つにもぐりこんでいた。


「ミナセ先輩は適当でいいですよね、もう」


「なんでオレだけ投げやりなんだ」


「そりゃ、そんな態度とられると、やる気もなくします」


『サクラ、私自分で選びたい』


  また我が儘を言いやがって。


「だめ。メロンパンで我慢しなさい」


『それはあなたの好物でしょ!」


「別にダメじゃありませんよ。し、シンシアさん、どうぞ私の方に乗って下さい」


  何故か嬉しそうなリーさんだが、あいにくそれは無理な話だ。


「ごめん、シンシアとこの魔書が一定距離以上離れられないんだ。それとオレと魔書も離れられない」


「つ、つまり」


「オレとシンシアはあんまり離れられないんだ。そうだな、せいぜい百メートルが限界かな」


「なんですかそのイチャイチャ仕様は!」


『魔書契約って不便なの』


「お前が言うな」


 シンシアの頭を人差し指ではたく。


「じゃあ仕方ありませんね。先輩、一緒に行きましょうか」


「待って、シンシア優先なの?  変じゃない?」


「先輩を優先する方がおかしいですよ」


 あれぇ、そうかなぁ。そこまで断言されるとなんだかそんな気がするような…。

 ベッドの中でうんうん考えているフリをして、このままやり過ごす。完璧な作戦を実行していると、


「ちょっと」


  オーガスト先輩が割り込んできた。


「あんた達行くなら行く、行かないなら行かないでちょっと静かにして」


「す、すみません」


「うす……」


  怒られてしまった。現状唯一働いている最上級生に返す言葉もない。しょうがねぇなあ。


「リーさん、行こうか」


「え、いいんですか?」


『やったぁ!』


「ここでゴチャゴチャ話してても仕方ないしね。ていうか、ちょっと売店行くくらいでそこまで言わなくても良いじゃん」


「ああ、すみません。先輩は死んでもベッドから出てこないような気がしてたんで」


  リーさん、出会って数日だが、そこまでオレのことを理解しているとは。なかなかやるな。


「それでは、少し行ってきますね」


  リーさんがオーガスト先輩に声をかけて出発する。先輩はヒラヒラと手を振って応えた。


「そうですね、正午過ぎには戻ってきま、す、ね……?」


  時刻を確認するためにリーさんは壁に掛けられた時計を見たようだが、そこで彼女の動きが止まった。ポカンと口を開けたままで固まっている。彼女らしくもないアホ面だったので、ずっと見ていたい気もしたが、それより、何故固まっているかも気になる。


「どうしたの、リーさん?  あ……」


  リーさんの視線の先、壁に掛けられた巨大な振り子時計は、紛うことなき銀色で、静かに振り子を揺らし続けていた。


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