メロンパンで我慢しなさい
作業開始から小一時間が経過した。しかし、まだ「銀の時計」は見つからない。それらしいものはいくつか見つけたが、その度に「スカ」や、「ハズレ」、「バカ」と書かれた紙切れが出てくるばかりで、ブチ切れしたオレとオーガスト先輩で合わせて三つほど時計を粉砕した。
「見つかりませんね」
ひたいに汗を浮かべてリーさんが呟く。オーガスト先輩はさっきからずっと無言だ。
「あの人本当、性格ねじ曲がってんな。こんな無意味な事に時間かけさせなくても良いだろうに」
かつて森の廃屋で「空想観察記録」を探したことをを思い出しながら、両手の時計を放り出した。
「シンシアー、そっちありそうか?」
『たぶんないわ。ったく、なんで私まで』
シンシアにはベッドの下やソファの裏など、探しにくい場所を見てもらっている。
『サクラ、お腹空いたわ。何か食べ物はないの?』
「お腹空いたって、まだ……、ってもうこんな時間か。先輩メシにしませんか?」
左手首の時計が、ちょうど昼食時を指していた。
「んー、ミナセなんか買ってきて」
作業に熱中している先輩はどこか上の空だ。
「じゃあ、私が何か買ってきます。先輩方は少し休んでいて下さい。あんまりこんを詰めすぎてもいけませんから」
手早く近くの時計を片して立ち上がるリーさん。こういう時この娘は後輩の鑑だ。
「オーガスト先輩は何がいいですか?」
「んー、私はパン系かな」
答えながらもオーガスト先輩は手を止めることはない。集中力があるのだろう。対してオレはというと、ベッドの一つにもぐりこんでいた。
「ミナセ先輩は適当でいいですよね、もう」
「なんでオレだけ投げやりなんだ」
「そりゃ、そんな態度とられると、やる気もなくします」
『サクラ、私自分で選びたい』
また我が儘を言いやがって。
「だめ。メロンパンで我慢しなさい」
『それはあなたの好物でしょ!」
「別にダメじゃありませんよ。し、シンシアさん、どうぞ私の方に乗って下さい」
何故か嬉しそうなリーさんだが、あいにくそれは無理な話だ。
「ごめん、シンシアとこの魔書が一定距離以上離れられないんだ。それとオレと魔書も離れられない」
「つ、つまり」
「オレとシンシアはあんまり離れられないんだ。そうだな、せいぜい百メートルが限界かな」
「なんですかそのイチャイチャ仕様は!」
『魔書契約って不便なの』
「お前が言うな」
シンシアの頭を人差し指ではたく。
「じゃあ仕方ありませんね。先輩、一緒に行きましょうか」
「待って、シンシア優先なの? 変じゃない?」
「先輩を優先する方がおかしいですよ」
あれぇ、そうかなぁ。そこまで断言されるとなんだかそんな気がするような…。
ベッドの中でうんうん考えているフリをして、このままやり過ごす。完璧な作戦を実行していると、
「ちょっと」
オーガスト先輩が割り込んできた。
「あんた達行くなら行く、行かないなら行かないでちょっと静かにして」
「す、すみません」
「うす……」
怒られてしまった。現状唯一働いている最上級生に返す言葉もない。しょうがねぇなあ。
「リーさん、行こうか」
「え、いいんですか?」
『やったぁ!』
「ここでゴチャゴチャ話してても仕方ないしね。ていうか、ちょっと売店行くくらいでそこまで言わなくても良いじゃん」
「ああ、すみません。先輩は死んでもベッドから出てこないような気がしてたんで」
リーさん、出会って数日だが、そこまでオレのことを理解しているとは。なかなかやるな。
「それでは、少し行ってきますね」
リーさんがオーガスト先輩に声をかけて出発する。先輩はヒラヒラと手を振って応えた。
「そうですね、正午過ぎには戻ってきま、す、ね……?」
時刻を確認するためにリーさんは壁に掛けられた時計を見たようだが、そこで彼女の動きが止まった。ポカンと口を開けたままで固まっている。彼女らしくもないアホ面だったので、ずっと見ていたい気もしたが、それより、何故固まっているかも気になる。
「どうしたの、リーさん? あ……」
リーさんの視線の先、壁に掛けられた巨大な振り子時計は、紛うことなき銀色で、静かに振り子を揺らし続けていた。




