もらったぞ!
今気がついたことだが、口の中を少し切っている。おそらくリーさんに投げられたときだろう。
『もう! サクラがランプ壊しちゃったから、真っ暗になっちゃってるじゃないの!』
「おーすまんすまん」
全然謝ってない! なんだかゴチャゴチャ言ってるが一々気にしていられない。壁側に手を添えてゆっくり進む。万一、こけて本を傷めてしまったらいけない。
術式転化で灯りのひとつでも点けられればいいのだが、あいにくオレはあの術が苦手だ。ヨロヨロしながら、なんとか例の棚にたどり着く。ただ、ここからの作業はどうしても明かりなしでは難しい。となると……。
「シンシア、頼むよ」
『しょうがないわね』
「湖面月鏡」。シンシアが小さく呟くと、館内の床がわずかに揺らめく。そして、オレの足元を中心として水面のように波紋がひろがっていく。その波紋の終着点には、黄金に輝く巨大な満月が現れた。それは触れること叶わぬ湖面の月。夜の森を地上から照らす安寧の光だ。
真っ暗だった館内が優しい光に包まれる。おかげで作業ができるようになった。ただ、これはツケなので、あとできちんと代価を払わなければならない。
『どうかしら? 今日はなかなか上手くできたと思うんだけど!」
「そうだな。湖面も滑らかだし、何より月が綺麗だ」
でしょー? シンシアは少し褒めてあげるとご機嫌になる。言ってることがどれだけ適当でもだ。
持っていた本をおいて、棚にさしていく。たしか一冊目は「記憶の架け橋」、一段目の十三番目だったな。一段目は高いところにあるので、脚立を用いてさしにいく。
「 二、四、六、八、あれ、わかんなくなった。一、二、三、四……」
『サクラ、今何時かしら?」
「あぁ? えっと九時だよ。……十、十一、十二……じゃなくて! もう! 働いてんだから話しかけないでくれよ!」
『ちょっ!? なによそれ! 時間きいただけじゃない!』
うるさいなぁ、もう。仕事してんだから静かにしててくれ。
『どの本がどこなの?」
「この『記憶の架け橋』が一段目の十三番目だよ」
『十三番目ってなんだか不吉ね』
「たまたまだ。たまたま」
また一から数え直しだ。どうしてこう、ペチャクチャと話しかけてくるのかね。おかげでいっこうに作業が進まない。
十三番目のところに「記憶の架け橋」をさす。何故こんな簡単なことに、これほどまで時間をとられなければならんのだ。
二冊目は「月曜診療所」 十九番目だ。四十二冊並んでいるうちの、ほぼ中央に本を戻す。次は「刀」。四十二冊の後半、三十九番目に戻せばいい。
四十二……、四十二……、四十二? 四十二と言えばさっき……!
『ってあら? サクラどうしたの? ってちょっとサクラっ!』
どこいくの!? 叫ぶシンシアを無視し、再び例の九冊を両手に抱えて仮眠室へ走る。できることなら飛んでいきたいが、残念ながらオレに羽はない。
「リーさん!」
仮眠室の扉を蹴り開ける。決して急ぐ必要などないのだが、どうしても興奮が抑えられない。
「キャ! な、なに、え、先輩? どうしたんですか? いったい……」
いくつもの時計を抱えた彼女は、驚きでそのほとんどを腕から落としてしまった。ガシャガシャと派手な音を立てて床に転がるが、今のオレには気にもならない。
「わかったんだ! この課題の謎が! 達成できる! もらったぞ!」
リーさんはしばらくの間、キョトンとして動かなかった。




