少しだけ心配しましたよ
声が聞こえる。なにか、言い争っているような声がする。誰の声だろう。凛とした澄んだ声だ。聞き覚えがある。あぁ、そうか。シンシアだ。シンシアの声だ。何をそんなに怒っているのだろう。あんまり問題を起こさないでくれよ。尻を拭うのはいつもオレなんだから。
『なんでこんなひどいことするの!? 見なさい! 白目向いちゃってるじゃない、可哀想に!』
「ですから! いきなり襲ってきたのは先輩ですよ! 私は自己防衛したまでです」
『だからそれが過剰だったって言ってるの!』
「ん、うん……? なんだ、あれ、オレ、どうして……」
「あ、気がついた」
「え、先輩!」
『サクラー!』
「どぉえふっ!」
シンシアが飛びついてきたその衝撃で頭をぶつける。
『大丈夫!? どこも痛いとこない? あなた気を失ってたのよ!』
「う、うん。わかった、わかったから、ちょっと離れて……」
思いっきり抱きつかれているこの状況はかなり恥ずかしい。
「先輩大丈夫ですか? 少しだけ心配しましたよ」
「少しかよ」
「当然です!」
「でさぁ」
そんなものどこにあったのだろう。救急箱を膝の上にのせて正座しているオーガスト先輩は、少し困り顔だ。
「何がどうしてこうなったわけ?」
「あの、それはですね」
オレも少しずつ思いだしてきた。これは、かなり危ない状況だ。いや、もう詰みなんだけど。
あんまり話すことはないんですが、そう言ってこちらを見てくるリーさんの視線が痛い。
私が皆さんのお食事を買いに外に出たことはご存知ですよね。それが今ここにあるんですが、あとで召し上がって下さいね。
館内に入ってきた時からおかしいとは思っていたんです。だってランプの明かりが消えて真っ暗になってたので。もしかしたお二人共仮眠室にいらっしゃるのかと思ったんです。そしたら、何やらガサガサ音が聞こえきて、い、いえ? 別に幽霊がどうこうとかは思ってませんよ。ただちょっと不思議だなぁくらいのものです。本当ですよ。人の気配したんですが、それがフッと消えたので多少は怖かったですが……って何ですかその目は!
それでも仮眠室に行かないわけにはいかないので、普通に歩いていたんですよ。そしたら、いきなり本棚のかげから何か飛び出してきたんです。
「で、それをとっさに投げ飛ばしたら、ミナセだったと」
「……はい」
『サクラだと認識して投げたの?』
「いえ、それは。ただ、長めの乾パンを握っているのは見えました」
「ふーん」
ヤバい。すごい恥ずかしい。今すぐここから消え去りたい。あーって叫びたい心を必死て抑えつける。
「でさ、さっきから小さくなってるミナセは、一体何をしてたの? もう怒んないから言ってごらん、ね?」
なんだろう、先輩が優しい。つらい。
「……ーションを……」
「はい?」
「今なんて?」
『サクラ、もっと大きな声で言いなさい。』
「シュミレーションをしてました!! 趣味なんです! 大災害とか、刺客に襲われた時とかの妄想して、色々行動するのが! 皆んなもあるでしょう!? 色々な状況を想定するってことですよ、要は!」
『途中から開き直ったわね……』
先輩とリーさんにどうだとばかりに向き直る。ただ、女性陣はオレの想像とは掛け離れた白け具合だった。
「えぇと、つまり……? ごっこ遊びのようなものでしょうか」
「はぁー、何で男子っていくつになってもこういう事するんだろうね」
『ちょっと! サクラが特殊なだけよ。他の男の子も一緒にするのは良くないわ』
「オレのフォローはどうした」
「まあ、一人遊びするのはいいわ。百歩譲って。でもそれを周囲の現実にまで波及させるのってどうなの?」
「はい……、すんません」
先輩お説教モードだ。ただ、明らかにオレが悪いので、甘んじて受け止める。リーさんは怒っているというより、呆れている。
「だいたいさ、あんた乾パン振り回してたんでしょう? 食べ物を遊び事に使っちゃダメ。知ってるよね」
「….…はい。知ってます。反省します」
それから三十分間お説教を賜り、心身共に疲れたが、仕方ない。オレが悪い。でも怒らないって言ったじゃんと、少し恨めしく思う。




