子どもねー
場所は三度、仮眠室に移っていた。目的は休憩ではない。今日一日の出来事を振り返るためだ。
「……となると、図書検索を頼んできた彼女も仕掛人と考えて良さそうですね」
「あぁ、『恋文の技法』と手紙がキーワードとしてハマりすぎだし、三週間も同じ本を探してるってのは不自然だ」
『サクラにも優しかったしね』
「いや、そこが不自然な点ってのはおかしくねぇか?」
「たぶんだけど、その、『恋文の技法』? それを見つけたらあの棚の文書エネルギーも 消えると思う」
「そしてそのためのヒントがあの九段の棚や、手紙、動かない書ということですね。ま
わりくどいです」
オレに言われても困る。現在時刻は十八時すぎ、閉館の時間は過ぎていたが、無理を言って仕事を続行させてもらっている。一晩寝かすよりも、このまま押し切った方が良いというのが、全員の判断だった。とはいえ、少しずつネタが切れはじめ、作業は停滞しつつあった。更に、ただ謎解きだけをしていればいい訳ではない。書架整理の労働はまだまだ残されている。
無言の室内に、ただ秒針の音だけが響いている。
そして鈍い振り子時計の音が館内に轟く。
あとから気づいたことだが、普通に時刻を知らせる時計は一つだけのようだ。
今八つの鐘の音が鳴り終えた。窓のないこの部屋からはわからないが、おそらく外の景色は黒く闇に塗りつぶされているだろう。
オレは仮眠室をでて、例の棚の前に来ていた。特にすることもなく、棚に並べられている本の数を数える。四十と一冊、いや、それぞれの段から一冊ずつ抜いているから四十二冊か。よくある構成で、特筆すべき点もない。
館内の主だった明かりは全て消され、今は棚付近にある小さなランプが光っているのみだ。
『ねぇ、なんだか不気味だわ。早く部屋に戻りましょう?』
「そうか? 普段と違ってなんだか興奮するけどな」
『子どもねー』
うっせと、唇の形だけで答える。よし、シンシアを驚かせてやろうとしたその瞬間。
ランプの明かりが消えた。
背筋に急激な悪寒を感じて、とっさに地面に伏せる。頭上を何かが通過し、後ろの棚に刺さるのがわかった。
ダメだ。目が慣れない。何が起こっているのか全くわからない。
数瞬ののちに暗闇の中で聞こえてきたのは三発の銃声。先程までオレがいた場所に複数の弾痕が出来上がる。オレは横転して既にその場から離脱していた。棚を背にし息を潜める。
相手はこの暗闇の中、正確にオレの居場所に撃ってきた。それだけでない。先程から足音や息遣いが聞こえてこない。敵は真っ当な、と言えばおかしいかもしれないが、真の暗殺者だ。腰にさした二本の短剣のうち、より短い方を抜く。暗い室内だ。得物は短い方が扱いやすいだろう。まだ目は慣れない。
あちらが何人かもわからない。ランプを落とした初撃と、次の銃撃が別の方向から飛んで来たことから、最低二人はいるはずだが。
耳をすますと、人間の動く大きな音がする。 随分大胆に行動を起こしてくる奴がいた。気配を全く消さずに堂々と歩いてくる。この方向は、仮眠室が狙いか。おそらく囮だろうが、対応しないわけにもいかない。
足音のする方へ、ジリジリとにじりよる。気配を殺し、息を殺し、棚の陰から相手が見えるその手前、オレは短剣片手に踏み込んだ。そして、世界が一回転したところで意識を失った。




