九冊もあるんすか
九一三の棚の中で、まだ誰も手をつけていなかった、中程の棚の前に三人は到着した。一見他の棚と変わらないように見えるが、少し感覚を研ぎ澄ませれば、強い文書エネルギーが漏れ出しているのを感じることができた。
「ここですか。たしかに、随分派手にエネルギーが漏れ出していますが、全く気付きませんでした」
「多分、それもエネルギーの作用の一つ」
「一つってことは、まだあるんですか」
「ん、こっちが本題」
そう言うと先輩はおもむろに棚に歩みより、一冊の本を手に取った。
「その本に何かあるんですか?」
「いや、見てて」
しかし、先輩は本に何をするでもなく、そのまま棚に戻してしまう。ただ違ったのは、場所だ。始めに本があった場所ではなく、異なる位置に本を戻したのだ。すると……。
「あっ!」
「なるほど」
一瞬、本がキラリと輝きを放つと、透けていくように消えた。かと思ったら、なんと、元々あった場所にスゥッと現れたのだ。
「これが、いつまでたっても書架整理が終わらないわけ」
何故か先輩は少し楽しそうに言った。
これまでこの課題に挑戦したチーム達は、ありとあらゆる方法で棚を調べていた。棚や本はもちろんのこと、方角や星、呪術的な観点からも突破口を模索している。しかし、どれも解決には至らず、それどころか足がかりにすらなっていない。途中からヤケになったのか、それともハイになったのか、棚の前で祈祷の裸踊りをしているが、当然失敗に終わっている。これを知った時のリーさんと先輩のドン引き具合が凄まじかった。
ひとまず、再度検証し直した方が良いものと、そうでないものを三人で話し合って分類した。それと同時に重要なデータの確認も行う。今はただある物を擦り合わせていくだけの作業なので、思考としては楽で良い。
「どう? リーさん、何かわかった?」
一仕事終えてきたオレは、リーさんにたずねる。別に先輩に聞いても構わないのだが、やはり怖い。もちろんリーさんも怖いが、彼女の場合怖いのベクトルが違う。
「そうですね、今のところ確認だけなので、まだなんとも……って、何で知らないんですか。サボってたんですか。」
ギラリとリーさんの眼が鋭く光る。やっぱり怖いわ、この娘。
「いや、違うんだよ! 本の検索頼んできた娘がいたろ? あの娘に断りに行ってたんだよ!」
本来なら、もっと早く伝えてあげるべきだったが、色々ゴチャゴチャしてて忘れてしまっていた。なので、謝罪の意味もこめて、出口までお見送りさせて頂いてきた。彼女は終始恐縮しっぱなしだった。
『ただ嫌がってただけだと思うけど』
「黙ってろアホ精霊」
「……まあいいでしょう。こっちに来てください」
どうやら怒りは収めてくれたようだ。スタスタ歩く彼女の後ろをついていく。
「その位置から動こうとしない問題の書は、すでにオーガスト先輩が抜き出して調べてくれています。ただ、今のところ特におかしな点はないようですが」
「ふむ」
実はオーガスト先輩はとても優秀な人なので、もしかしたら、と思っていたが、流石に難しいか。
「どうですか? 先輩?」
オーガスト先輩は、例の棚の前にデンと座って、広げたシートの上にいくつかの本を並べていた。かなり顔をしかめて、考えにふけっておられる。
「……ダメ。全然わかんない。これ、本じゃなくて棚の方に問題があるんじゃないの?」
かなりお疲れのようだった。眼鏡の奥の瞳がよどんでいる。てか先輩、作業の時は眼鏡なんすね。
「九冊もあるんすか」
「そ。一段に一冊ずつ」
「そうですか。て、あれ? 一段に一冊?」
「ここだけだそうです。ひと棚に九段あるのは。なので、九冊であることに意味はあると思うのですが……」
この図書館の本棚は、全て八段に統一されている。件の棚だけ九段というのは、リーさんの言うとおり、確かに何か理由はあるのだろう。
「見せてもらっていいすか」
「どーぞ。 私喉乾いたから飲み物飲んでくる」
「あ、それならさっき、仮眠室で紅茶をしかけておいたので、ぜひ飲んで下さい」
「へえ、気がきくね」
ワイワイ話しながら行ってしまう二人。仲良くなったなら良いことだ。 オレは目の前の仕事に集中した。




