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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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九冊もあるんすか


 九一三の棚の中で、まだ誰も手をつけていなかった、中程の棚の前に三人は到着した。一見他の棚と変わらないように見えるが、少し感覚を研ぎ澄ませれば、強い文書エネルギーが漏れ出しているのを感じることができた。


「ここですか。たしかに、随分派手にエネルギーが漏れ出していますが、全く気付きませんでした」


「多分、それもエネルギーの作用の一つ」


「一つってことは、まだあるんですか」


「ん、こっちが本題」


 そう言うと先輩はおもむろに棚に歩みより、一冊の本を手に取った。


「その本に何かあるんですか?」


「いや、見てて」


 しかし、先輩は本に何をするでもなく、そのまま棚に戻してしまう。ただ違ったのは、場所だ。始めに本があった場所ではなく、異なる位置に本を戻したのだ。すると……。


「あっ!」


「なるほど」


 一瞬、本がキラリと輝きを放つと、透けていくように消えた。かと思ったら、なんと、元々あった場所にスゥッと現れたのだ。


「これが、いつまでたっても書架整理が終わらないわけ」


 何故か先輩は少し楽しそうに言った。






  これまでこの課題に挑戦したチーム達は、ありとあらゆる方法で棚を調べていた。棚や本はもちろんのこと、方角や星、呪術的な観点からも突破口を模索している。しかし、どれも解決には至らず、それどころか足がかりにすらなっていない。途中からヤケになったのか、それともハイになったのか、棚の前で祈祷の裸踊りをしているが、当然失敗に終わっている。これを知った時のリーさんと先輩のドン引き具合が凄まじかった。

  ひとまず、再度検証し直した方が良いものと、そうでないものを三人で話し合って分類した。それと同時に重要なデータの確認も行う。今はただある物を擦り合わせていくだけの作業なので、思考としては楽で良い。


「どう?  リーさん、何かわかった?」


 一仕事終えてきたオレは、リーさんにたずねる。別に先輩に聞いても構わないのだが、やはり怖い。もちろんリーさんも怖いが、彼女の場合怖いのベクトルが違う。


「そうですね、今のところ確認だけなので、まだなんとも……って、何で知らないんですか。サボってたんですか。」


 ギラリとリーさんの眼が鋭く光る。やっぱり怖いわ、この娘。


「いや、違うんだよ!  本の検索頼んできた娘がいたろ?  あの娘に断りに行ってたんだよ!」


  本来なら、もっと早く伝えてあげるべきだったが、色々ゴチャゴチャしてて忘れてしまっていた。なので、謝罪の意味もこめて、出口までお見送りさせて頂いてきた。彼女は終始恐縮しっぱなしだった。


『ただ嫌がってただけだと思うけど』


「黙ってろアホ精霊」


「……まあいいでしょう。こっちに来てください」


  どうやら怒りは収めてくれたようだ。スタスタ歩く彼女の後ろをついていく。


「その位置から動こうとしない問題の書は、すでにオーガスト先輩が抜き出して調べてくれています。ただ、今のところ特におかしな点はないようですが」


「ふむ」


 実はオーガスト先輩はとても優秀な人なので、もしかしたら、と思っていたが、流石に難しいか。


「どうですか?  先輩?」


  オーガスト先輩は、例の棚の前にデンと座って、広げたシートの上にいくつかの本を並べていた。かなり顔をしかめて、考えにふけっておられる。


「……ダメ。全然わかんない。これ、本じゃなくて棚の方に問題があるんじゃないの?」


  かなりお疲れのようだった。眼鏡の奥の瞳がよどんでいる。てか先輩、作業の時は眼鏡なんすね。


「九冊もあるんすか」


「そ。一段に一冊ずつ」


「そうですか。て、あれ?  一段に一冊?」


「ここだけだそうです。ひと棚に九段あるのは。なので、九冊であることに意味はあると思うのですが……」


 この図書館の本棚は、全て八段に統一されている。件の棚だけ九段というのは、リーさんの言うとおり、確かに何か理由はあるのだろう。


「見せてもらっていいすか」


「どーぞ。 私喉乾いたから飲み物飲んでくる」


「あ、それならさっき、仮眠室で紅茶をしかけておいたので、ぜひ飲んで下さい」


「へえ、気がきくね」


  ワイワイ話しながら行ってしまう二人。仲良くなったなら良いことだ。 オレは目の前の仕事に集中した。

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