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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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最初からじゃないすか


  それからのオーガスト先輩はめちゃくちゃ不機嫌だった。それはもう不機嫌で、何というか、人の不機嫌という状態を体現したかの如く不機嫌だった。ただ、それでも仕事だけはきちんとやってくれていて、意外と丁寧だったりする。あのままブチ切れて帰ってしまうかと思ったので、かなり助かる。一般の利用者が怖がって棚に近づけなくなっていたが、そんな事は知ったことではない。

 オレ達が今回任されているのは、九十番代の中の国内文学小説、すなわち九一三番代だ。一番端の棚は九十二番代、ヨロハ教国文学もまじってはいるようだ。いずれにしても、非常に馴染みのある書が多く、仕事をしていても楽しい。

  一冊一冊、書を抜き出して、中や小口を丁寧に調べる。仕事は書架整理なので、はっきり言ってこれはサービスだ。しかし、ひどく傷んだ書があるのは見栄えが悪いし、何より早く修復にだしてあげないといけない。

  本来ならば、棚から書を全て出し、棚自体を綺麗に掃除するのがベストだ。しかし、時間の都合的にそこまではできない。だからこそ出来ることを丁寧に。そう、勘違いされがちだが、オレは真面目なのだ。

 パーキン作 「ねえ」 「175」 「恋の砂糖菓子」。どちらかと言えば少女向けの作品が多い著者だが、ここにある「ねえ」だけは少しテイストの違う作品となっている。そのテイストの違いを語ることがそのままネタバレにつながるので、話すことはできないが、ぜひパーキンの作品を通して読むきっかけにして欲しい。

  かくいうオレも、久しぶりに読むのでなかなか興奮している。たしか第三話の書き出しが秀逸だったので、そこから……


「ちょっと先輩っ!」


「うわぁ!?  び、びっくりしたぁ、なんだリーさんか。驚かさないでくれよ」


「なんだじゃありません!  何を堂々とサボってるんですか。悪びれる様子もありませんし!」


「いや、聞いてくれよ! このパーキンの『ねえ』なんだけど……」


「どうでもいいです。いいから仕事して下さい」


  全くもう。プンプンしながらリーさんは仕事に戻ってしまった。どうしてだ。シンシアといい、リーさんといい、オレの本に対する情熱を汲み取ってくれない人ばかりだ。だがしかし、仕事をしなければいけないのもまた事実。もう一度集中して仕事に取り掛かろうとする。

  本の並べ方にそれほどはっきりした決まり事はない。作者順に並べても良いし、作品名順でもかまわない。書店や図書館によってそれぞれだ。今回は館の方から指定があるのでそれに従って並べていく。美しい棚の並べ方は、左から右へ、本の背が高くなるように配置していくことだ。

  乱雑だった並びを少しずつ整えていく。全く別の作者のところにあった本を正しい位置へ戻していく。

 図書館は静かで集中しやすく、自然と作業もはかどる。グライダー作の「巨人」 が上下逆だったので直す。ちなみに、この「巨人」はとある心理学者の完全犯罪を描いた作品だ。グライダー中期のもので、かなり残酷な表現が多用されており当時たいへん話題になった。

  心理学者と刑事どちらに感情移入するかでその人の性格が分かれると言われていて、オレは心理学者が好きだった。だからどうということもないが。

  最後の場面の、心理学者と刑事が対話するシーンが好きだ。確か残り三十ページくらいからのはずだった。だから……、ここだ。好きな所を何度も何度も読み返す楽しさ。読む度に新しい発見をしたり、自分の変化に気づいたりすることは、本以外ではするにはなかなか難しいことだ。そう考えると、本って素晴らしい。

 うん、もっと本をよもう。


「ご立派な目標掲げてるとこ悪いんだけど」


「って、うおぉ!?  先輩、いたんですか!?  いつから?」


「あんたがその本なでくりまわしてる頃から」


「最初からじゃないすか。なんかご用ですか。てか、オレ声に出してました?」


  ん、と小さな紙切れを渡してくる先輩は、質問には答えてくれない。


「本を探すの手伝って欲しいって娘がいて。私そういうのよくわかんないから、あんたやったげて」


「えぇ、オレら図書員じゃないんですけど。それこそ仕事もありますし」


「私も全く同じこと言った。けどリーがやれって」


  ああ、リーさんはそうだろうな。先輩と後輩の板挟みにされる。これが中間管理職ってやつなのか。


「じゃ、お願いね」


  右手をひらひらさせながら、先輩は行ってしまった。まだやるとは言ってないんだが。さっきの係員くんにでも頼もうか。


「あ、あのっ!」


  それは小さな声だったが、より静かな館内ではよく響いた。眼鏡をかけた、普通科の女の子だった。


「あの、私、お願いしちゃったんですけど、お仕事お忙しいようなら別に……」


 かなり萎縮してしまっているようだ。もしかしたらリーさんあたりが強引に話をつけただけなのかもしれない。おまけにあのオーガスト先輩もついてきたんじゃ仕方ないか。

  ……なんだか、可哀想になってきた。別に仕事がしたいわけじゃないし、少しくらいならいいかな。


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