時間の問題じゃないしね
そこは九十番台の書架だった。棚たちは大人しく、普通の棚のように置かれている。並べられている本にもこれと言って違和感はなく、綺麗に整頓されているように思えた。
「ねぇ」
「何かな?」
「アンタて本当に明日の朝いなくなるの?」
突然のアンタ呼ばわりをする方も、されても平然としてる方も、どっちもすげぇな。
「ああ、そうそう。そうだったネ」
パン、と胸の前て両手を合わせる。
「明日からは本業の方が入っててネ。ボクが来れないから館もお休みなんだ」
はぁ、と三人同時にため息をつく。そしてオレだけにらまれる。おかしくない? あと、シンシアは本の中に帰ってしまった。
「でもまあ、ボクとミナセくんの仲だ。特別に鍵を貸してあげるヨ。係の子にも言っておいてあげるから」
「本当ですか!?」
「流石姉、じゃなくて兄さん!」
「ふふん。褒めてもこれ以上はださないヨ〜。それに、時間の問題じゃないしね」
え、最後の一言はどこか意味ありげだったが、小さくてよく聞こえなかった。
「それじゃあ、ボクは寝てくるから! 三日後の朝までに九十番の棚、よろしくネ!」
「まだ寝るんですか!?」
ニコニコと笑顔で仮眠室に戻っていくドラグスピアさんと、驚愕するリーさん。対してオーガスト先輩はと言うと、
「アンタ、ミナセだっけ?」
「う、うすっ」
「ちょっとカウンターで今回の課題情報見て来てくれない? なんか、ヤな予感がする」
オレをパシリにしていた。
ついでに飲み物も買ってこいと小銭を渡され、意外に思いながらも従ったおれだが、女の勘の凄さを初めて目の当たりにすることになった。
「で? どうだった?」
オレから缶のジュースを受け取りながら先輩が聞いてくる。ちなみに館内は飲食禁止である。
「いや、先輩の予想通りだったっす」
はあ、と先輩が溜息をこぼした。リーさんは謝罪、先輩は溜息が多い。なんかやっぱりダメなチーム感がすごい。
「どうしたんですか。お二人で深刻そうな顔
をされて」
「リーさん、『返し』って知ってる?」
「い、いいえ」
「『返し』ってのはね、」
あ、やべ。先輩ちょっと怒ってる。
「どこかのチームが課題達成できなくて、未完のまま、また別のチームに任せようとしてるもののことを言うの。 で、アンタ」
「うす」
「『返し』はいくつついてたの?」
オレも久しぶりにあんな数の『返し』を見た。
「返しハンター」と呼ばれたじゃろ先輩でさえも、課題を受けるかためらうであろう数字だ。
「五です」
「はぁあぁ」
先輩の今日一の溜息、頂きました。
「公課題と『返し』付きの課題。この二つは迂闊に手を出しちゃダメなの。つぎから覚えておいて」
「つまり……」
「今回の課題は両方当てはまってる極めて困難な課題ってことだな」
五つの『返し』、すなわち、十五人もの人間がチャレンジして失敗したということだ。さらに、初回や二回目はともかく、四、五回目にチャレンジした連中はそこそこ自信と実力がある連中だったはすだ。それがことごとく失敗し、返却されている。たかが書架整理にこれはありえない。確実に何らかのトラップがあるものだ。
「……ハイ。わかりました」
うむうむ。リーさんは素直な良い娘だ。
「これからも、できるだけ”返し”がついたものを選びます」
ん、ん?
「ちょ、ちょっと! アンタ何言ってるの? 私の話聞いてた?」
「はい。『返し』が多くついている程、達成困難な課題なんですよね。ですが、だったら尚更、私たちが受けるべきだと思います」
「リーさん、だ、だからね……」
「そもそも私たちは図書士候補ですから、困っている人がいるのなら、助けるのがお仕事です」
たしかにそうなのだが……
「あんたさぁ、図書士を正義の味方かなにかと勘違いしてない? 図書士ってのはね」
おぉ、初めて先輩を応援したくなる状況だ。いいぞ、もっと言ってやれ。
「意見が食い違うのは自然なことですね。ですが、私は図書士とはヒーローだと信じていますので!」
オレと先輩は唖然としてしまった。言い切りやがったよ。危ない娘だとは思っていたけど、まさかここまでとは。
「課題は全て、誰かから依頼されたものです。それを達成できないということは、いつまでも依頼者の困り事が消えないということ。そんなことあってはなりません」
「そ、それは一概に言えないんじゃ……」
「それにです!」
ズイッと、リーさんがオレ達の方へ身を乗り出してくる。
「他のチームが達成できなかった課題を私たちが達成できれば、評価はグンと上がるはずです!」
「いや、だからそれが難しいから『返し』がついてるわけで」
「先輩方!」
「は、はい」
思わず敬語である。
「問題ありません。私がいますので」
実力と自信を持った連中、リーさんもその中の一人だった。




