キミたちの仕事場だ
「おや、お客さんかな。初めまして、ボクの名前は……」
「いいから時計を止めろ!」
おぉ失敬、失敬。彼女が抱えていた本を開き、もう一度閉じると時計たちの大合唱がピタリと止まった。
「あれ、なんだミナセくんじゃないか」
「姉さん、お久しぶりです」
キーンという耳鳴りがまだ聞こえるのを感じながら、久方ぶりに会う知り合いに頭を下げる。 レイ・ドラグスピア。腕利きの図書士として活動中のこの人は、いつも何かズレた雰囲気だ。
教育図書館司書の制服ではなく、赤と黒の禍々しい毒虫のようなツナギをだらしなく着ている。ただ、そのことに不快感を感じないのが不思議だ。金髪金眼の中性的な容姿だからだろうか。それでも長い二つくくりの三つ編みをしているため、どちらかというと女性に見られがちである。
「うんうん、久しぶりだネ! おぉ、これはまた随分な綺麗所を連れてるじゃないか。乙姫ちゃんはもう飽きちゃったのかい?」
「ミナセ先輩とはそういう関係ではありません」
「ないね」
「その通りなんだけど、なんかヘコむな」
『ちょっとどういうことよ!』
「めんどくさいから絡んでくんな、シンシア。じゃろ先輩とも何もねぇよ。姉さんがからかってんだ」
「ふふ、全く、キミはすぐボクのことを姉さんと呼ぶからネ。前に言っただろう? ボクのことは兄さんと呼べって!」
「え、うそ」
「ん?」
ドラグスピアさんとは初対面のオーガスト先輩とリーさんに衝撃が走る。
「その前は姉さんって呼べって言ってたじゃないすか」
「えーと、シンシアさん、どういうことですか?」
『つまりね、この人は性別が曖昧なの』
リーさんと先輩はかなり混乱しているようだ。
「日にちや時間帯によって性別がかわるんだ。ボクが契約している魔書『眠れる海の美女』の影響だヨ」
「は、はぁ」
「それより」
後ろにいたオーガスト先輩が一歩前に出てきた。
「私たち課題を受けにきたんだけど」
「あ! そ、そうでした! 書架整理の公課題を受けに参りました、チーム299です」
「へえ、それは嬉しいな。困ってたんだヨ。自分でやるのは面倒だけど、なかなか受けに来てくれる生徒がいなくてさ。早速だけど、ついてきて!」
正直ベッドが恋しかったが、仕方なく三人についていくしかないようだった。
『で? 何であいつの話がでてくるのっ!』
「まだ言ってたのか」
何故だか怒るシンシアを黙らせながら、ドラグスピアさんについていく。
「館内はお静かにって係員くんにも言われただろ? ちょっとだまってろよ」
『うー』
「そ、そう言えば、音は大丈夫だったんですか。さっきの轟音、他の利用者の方に迷惑だったのでは……」
「ああ、あれ?」
ケラケラと笑いながらドラグスピアさんが答える。
「もちろん防音に決まってるじゃないか! 部屋の外にはどんなに大きな音だって漏れ出しやしないヨ。 そうそう、どうしてキミたちは中で待ってたんだい?」
「ちょっとミナセ先輩!」
オーガスト先輩から無言で蹴りをくらう。しょーがないじゃん! オレもそんなこと知らなかったんだから!
「ふふふ、さてさて、おふざけはこれくらいにして、と。 着いたヨ。ここが、キミたちの仕事場だ」




