それならそこで寝てるから……
教育図書館内はいつもかなり綺麗に保たれている。これはバイト君たちの普段の努力の賜物だ。だか、あともう一つ、大きな要因として、この街の図書館はみな、基本的に大人しいというのもある。ヒドい図書館は、毎日暴風が吹き荒れていたり、床が底なし沼になっていたりするところもあるのだ。この現象は、大量の文書エネルギーが一箇所に蓄積させられることによって起こるもので、文書エネルギーの顕現と呼ばれる。
この日の教育図書館は、非常に機嫌が良いようだった。むしろ、良すぎて浮き足立っているのか、棚が宙に浮いていた。
「なんだか、今日はえらくテンションが高いようですね」
「明日から休みだからじゃない?」
先輩の瞳がキラリと光った。
「ちょっと待って。休みってどういうこと?
」
しまった! まだ話してなかったんだ。でもだからってオレばかり睨むのは違うと思います。そもそもオレのミスではないんだし。
「すみません。私のミスでこういう事になってしまったんです。司書の方が明日朝からの図書士任務で不在だそうで、その事をきちんと確認しなかった私が悪いんです」
本当に申し訳ありませんでした。そういって頭を下げるリーさんは見るからにヘコんでいた。思い返すと、彼女には謝ってもらってばかりな気がする。
「そういうことなら、仕方ないね」
すごく優しく声と表情で、先輩は言った。こんな顔もできたのかと、オレは少し驚いてしまう。ほら、いくよ。そう言って前を行く彼女が、初めて先輩に見える。
リーさんも拍子抜けした様子で、フワフワ浮いている棚に後ろからどつかれたりしていた。やっぱりこの娘は抜けてるな、と改めて実感した。
その後ははしゃぐ本棚たちに妨害されながらも、なんとか上階の仮眠室にたどり着いた。かく言うオレも、二回ほど棚に突き飛ばされたことは、前を歩いていた二人には内緒だ。二度寝から起きてきたシンシアを守るのに必死だった。
仮眠室は教育図書館の二階にある。本来、図書館にこのような設備はない。必要がない。しかし、ここだけは特別、と言うよりドラグスピアさんが特別なのだ。
「失礼します」
室内は少しタバコの臭いがする。あまり大きな部屋ではなく、三つ程のベッドと二つのソファ、あとは小さな調理場があるだけだ。
「う、うわ……」
「これは……」
ただ、オレの後に続いて入ってきた二人は、この部屋の異様さに明らかに引いていた。
壁という壁、スペースというスペース。その至る所に時計が設置されていた。大小様々な時計の数は軽く百を超える。聞く人によっては、気分を大変害するであろう、時計の大合唱は、この部屋を外界から切り離していた。
しかし、オレとシンシアはもう慣れたものなので、眉すら動かさず、ベッドに横になった。
「ちょっ! 先輩!? 何してるんですか!」
リーさんが声を上ずらせながらも、オレに詰問する。
「なにって……、まだ時間あるだろう? それまでちょっと休憩だよ」
朝から動き回りすぎた。オレの一日の稼働限界を超えている。
「だからって、そんな、これから司書の方と会うんですよ!」
「ああ、それなら そこで寝てるから……」
「え? そこって……」
中央と奥のベッドの間、その小さな隙間に、人間が一人挟まっている。
「あ、この人私みたことある」
確認しに行った先輩が一人納得する。
スウスウと小さな寝息が、秒針の音に紛れていた。
「と、ともかく、時間っていつまでですか。私が言うのもなんですが、あまり余裕は……」
ない。リーさんが言い切ることはなかった。耳を震わす大轟音にかき消されたから。
「ひっ!」
「な、なに!?」
『うるさーい!!』
あれ、おかしいな。オレの時計ではあと十分くらいあるはずなのに。室内のありとあらゆる所に設置された時計たちが、十一時の訪れを一切に知らせてくれていた。その大音量たるや、ドラゴンの咆哮もかくやといった程で、オレたちの鼓膜を突き破ってしまいそうだ。
「ちょっ、なんですか、これ! いつ止まるんですか!」
耳を抑えてリーさんが叫ぶ。
「姉さんが起きないことには止まらない!」
大声で叫ばないと意思疎通ができない。
「そんなっ!」
「叩き起こす!」
「先輩ダメっす! 起こすとめちゃくちゃ機嫌悪くなるんで!」
『なんでもいいから止めてよー!』
シンシアが叫んだその時、
「くぁあぁぁ」
大きなあくびを一つして、コキコキと首をならす。そしてニッコリ笑って、
「うん、今日もいい朝だ!」
「昼だよ!!」
姉さんが目を覚ました。




