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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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それならそこで寝てるから……


 教育図書館内はいつもかなり綺麗に保たれている。これはバイト君たちの普段の努力の賜物だ。だか、あともう一つ、大きな要因として、この街の図書館はみな、基本的に大人しいというのもある。ヒドい図書館は、毎日暴風が吹き荒れていたり、床が底なし沼になっていたりするところもあるのだ。この現象は、大量の文書エネルギーが一箇所に蓄積させられることによって起こるもので、文書エネルギーの顕現と呼ばれる。

  この日の教育図書館は、非常に機嫌が良いようだった。むしろ、良すぎて浮き足立っているのか、棚が宙に浮いていた。


「なんだか、今日はえらくテンションが高いようですね」


「明日から休みだからじゃない?」


  先輩の瞳がキラリと光った。


「ちょっと待って。休みってどういうこと?


  しまった! まだ話してなかったんだ。でもだからってオレばかり睨むのは違うと思います。そもそもオレのミスではないんだし。


「すみません。私のミスでこういう事になってしまったんです。司書の方が明日朝からの図書士任務で不在だそうで、その事をきちんと確認しなかった私が悪いんです」


  本当に申し訳ありませんでした。そういって頭を下げるリーさんは見るからにヘコんでいた。思い返すと、彼女には謝ってもらってばかりな気がする。


「そういうことなら、仕方ないね」


  すごく優しく声と表情で、先輩は言った。こんな顔もできたのかと、オレは少し驚いてしまう。ほら、いくよ。そう言って前を行く彼女が、初めて先輩に見える。

 リーさんも拍子抜けした様子で、フワフワ浮いている棚に後ろからどつかれたりしていた。やっぱりこの娘は抜けてるな、と改めて実感した。

 その後ははしゃぐ本棚たちに妨害されながらも、なんとか上階の仮眠室にたどり着いた。かく言うオレも、二回ほど棚に突き飛ばされたことは、前を歩いていた二人には内緒だ。二度寝から起きてきたシンシアを守るのに必死だった。

  仮眠室は教育図書館の二階にある。本来、図書館にこのような設備はない。必要がない。しかし、ここだけは特別、と言うよりドラグスピアさんが特別なのだ。


「失礼します」


  室内は少しタバコの臭いがする。あまり大きな部屋ではなく、三つ程のベッドと二つのソファ、あとは小さな調理場があるだけだ。


「う、うわ……」


「これは……」


  ただ、オレの後に続いて入ってきた二人は、この部屋の異様さに明らかに引いていた。

  壁という壁、スペースというスペース。その至る所に時計が設置されていた。大小様々な時計の数は軽く百を超える。聞く人によっては、気分を大変害するであろう、時計の大合唱は、この部屋を外界から切り離していた。

 しかし、オレとシンシアはもう慣れたものなので、眉すら動かさず、ベッドに横になった。


「ちょっ!  先輩!?  何してるんですか!」


  リーさんが声を上ずらせながらも、オレに詰問する。


「なにって……、まだ時間あるだろう?  それまでちょっと休憩だよ」


  朝から動き回りすぎた。オレの一日の稼働限界を超えている。


「だからって、そんな、これから司書の方と会うんですよ!」


「ああ、それなら そこで寝てるから……」


「え?  そこって……」


  中央と奥のベッドの間、その小さな隙間に、人間が一人挟まっている。


「あ、この人私みたことある」


  確認しに行った先輩が一人納得する。

スウスウと小さな寝息が、秒針の音に紛れていた。


「と、ともかく、時間っていつまでですか。私が言うのもなんですが、あまり余裕は……」


  ない。リーさんが言い切ることはなかった。耳を震わす大轟音にかき消されたから。


「ひっ!」


「な、なに!?」


『うるさーい!!』


  あれ、おかしいな。オレの時計ではあと十分くらいあるはずなのに。室内のありとあらゆる所に設置された時計たちが、十一時の訪れを一切に知らせてくれていた。その大音量たるや、ドラゴンの咆哮もかくやといった程で、オレたちの鼓膜を突き破ってしまいそうだ。


「ちょっ、なんですか、これ!  いつ止まるんですか!」


  耳を抑えてリーさんが叫ぶ。


「姉さんが起きないことには止まらない!」


  大声で叫ばないと意思疎通ができない。


「そんなっ!」


「叩き起こす!」


「先輩ダメっす!  起こすとめちゃくちゃ機嫌悪くなるんで!」


『なんでもいいから止めてよー!』


 シンシアが叫んだその時、


「くぁあぁぁ」


 大きなあくびを一つして、コキコキと首をならす。そしてニッコリ笑って、


「うん、今日もいい朝だ!」


「昼だよ!!」


 姉さんが目を覚ました。

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