さっさと終わらすよ
「おや、早かったですね。オーガスト先輩もこんにちは」
きちんと頭を下げて挨拶するリーさん。それに対して、ん、と一言答える先輩。決して仲が良いとは言えないが、この前のようなことにはならなさそうだ。
ここは中央舎の七階、教育図書館の扉の前だ。重厚で古びた扉は三百年前に造られたもので、基本的に古い物ばかりのこの街においても、特別歴史あるものだ。
「リーさん、ありがと。おかげで助かったよ」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」
え、誰だこの娘。
「それでは、他の利用者の迷惑になってもいけませんから、ここで課題についてご説明します。仕事は簡単な書架整理で、一五棚の人区画のみです。この区画の棚を、作者、出版社、題名の順にきちんと並び替えてほしいとのことです。期日は三日後のお昼まで。以上ですが、何かご質問はありますか?」
「力化書はあるの?」
リーさんの目がオレに向けられる。
「基本的にはありません。やけや損傷がひどいものも修復に出すそうです。なので、そういった書があれば、あとでまとめて修復館に運んでほしいとも言われました」
力化書とは、本として十分に人に読まれ、文書エネルギーとして再利用される書のことだ。どの程度の損傷やエネルギー充填で力化書となるかは人それぞれの判断による。
「もうわかったから。さっさと終わらすよ」
意外とヤル気満々な先輩が、率先して入っていく。少々重い世界樹の扉を彼女は軽々と開けていった。
図書館とは不思議な場所だ。独特の匂い、独特の空気、それらを確かに感じるが、そこに不快感はない。更に、どれだけ窓を開け放っても、図書館のそんな性質が外へと逃げ出すこともない。これが本嫌いにとってはたまらなく嫌な点らしいのだが、あいにく、そのような超少数派の考えなどまるで理解するつもりはない。
教育図書館は、この街二番目の大きなの図書館で、蔵書は四十万冊。主に学生達の参考資料を保管している。そのため、普通科の生徒も多い。一般にも解放しており、街の人たちも通ってくる。それがこの図書館の特徴だ。
入ってすぐ左手の場所には、貸し出しや検索をしてくれるカウンターがあり、数人の学生アルバイト達がせっせと働いている。ここのバイトには何度か入ったことがあるが、大変ブラックなのでお勧めしない。
リーさんがさっそくカウンターの男子生徒に話しかけ、担当司書を呼び出してもらう。この係員くん、なかなか優秀なようで、すぐに担当司書とつないでくれた。広大な図書館だと、人同士は発見しづらいのだ。ただしこの係員くん、ひとつ頂けないのがリーさんを相手にして顔を真っ赤にしている点だ。やめておけ係員くん。その娘確かに可愛いけど、実際はただの鬼だぞ。だからそんな羨ましそうな目でオレをみるんじゃない。腹立ってきた。
「ドラグスピアさんは教育図書館二階の仮眠室にいらっしゃるそうです。ひとまずそこまで来て欲しいとのことでした」
戻ってきたリーさんが教えてくれる。思わず苦い表情になってしまったのが、自分でもわかった。
「おや、先輩ヒドい顔ですね。この方のことご存知なのですか?」
「いや、まあ、知ってるというか、何というか……」
「眠り姫ドラグスピア」。図書士達の間ではそこそこ有名な存在で、実力も確かだ。ただ本人の能力上、そこまで活躍は知られていない。
「レイ・ドラグスピア。魔書『眠れる海の美女』を代々受け継ぐ一族の方ですね。後衛のサポート役といった立ち回りをされる方でいらっしゃるようですから、あまり詳しくは知られていない人のはずですけど?」
知ってんのかよ。オレの説明いらねぇじゃん。なんか可愛げのない後輩だよなぁ。
「どうせ仮眠室にサボりに行ったら、たまたまその人と会って意気投合したとかそんなんでしょ」
なんでわかんの、この先輩怖いんだけど。
「あぁ なるほど。最低ですね」
「いやいやいや! それならいつも仮眠室にいる姉さんも同罪だろ! オレだけが悪いわけじゃない」
「そういうことではありません! もっと図書士候補としての自覚を持った……
「先行ってるから」
「あ、先輩待ってくださいよ」
「こら、話はまだ途中ですよ!」
「あの、館内ではお静かにお願いします……
」
係員くんが寂しそうな声で注意してきた。




