表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
24/140

わかったら、呼んで


『なーにー?  大きな声出して、どうかしたの?』


  シンシアを起こしてしまったようだが、そのことに気を配る余裕はない。


「明日の朝って徹夜しても二十四時間ないじゃねぇか。とりあえずすぐに先輩呼んで今から作業しないと」


「今からですか!?  講義はどうするんです!」


「基本的に講義より課題優先なんだよ。成績的にも、依頼者の存在的にも。先に図書室行ってて。オレは先輩呼んでくるから」


  これだけ話しながら走っても、一切疲れを意識することはない。さっきから相手にされていないアホ精霊がオレの髪を引っ張ってきても、とくに邪魔とも感じない。

  実力はあるんだろうけどなぁ、この娘、ちょっと抜けてないか?


「オーガスト先輩でしたら、今はおそらく……」


「知ってる。第3図書室だろ?  それじゃ!」


  唯一、世界樹の幹の中以外に建てられた図書館だ。根舎からも少し離れているため、他の図書室よりも利用者が少ない。時間が惜しい。視界を両手で隠してくるシンシアは無視して、リーさんと別れた。

  別れ際に彼女が何か言っていたが、気分爽快な今のオレの耳には入らなかった。


「見つけましたよ、先輩」


  第3図書室の二階、一切陽の光が当たらない、窓際の机は、彼女の特等席だった。


「なに?  どうしたの、汗だくじゃん」


「いえ、ちょっと……」


 結局、リーさんの術式転化は、彼女と別れてすぐに切れた。それだけならまだよかったのだが、調子に乗っていたオレはそのことに気が付かず、体力の限界まで全力疾走してしまった。おかげで汗だくのヘロヘロ、この棟の裏で吐いてきてしまった。


「ちょっと、事情が、あって、あ、あざス……。 呼びにきたんですよ」


「はあ、まあいいけど」


  話の途中でオーガスト先輩はタオルを渡してくれた。巷では非常に恐れられているこの人だが、実はちょっと優しいのではないかと近頃思い始めている。


「その前に、口、ゆすいできて。あんた吐いたでしょ。変な匂いする」


「う、うす。シンシア、シンシア!」


 ……こう、物事ハッキリ言う人なんだよな。あと目つきというか、何というか眼光が物凄く鋭いから、やっぱり怖い。


「で、どこで何すればいいの?」


  もう歩きだしている。この第3図書室は彼女の気に入りの場所らしいが、居ることだけでは意味はないようだ。口をすすいだオレは、すぐに彼女の後を追う。


「リーさんが公課題を取ってきてくれたんですけど、それが書架整理で、期日が三日後までなんです」


  うそは言っていない。


「そんなことだろうと思った。どこの書架? 場合によっちゃ、絶対間に合わないけど」


「はい、えっと、あれ?」


 どこの書架だっけ?


「シンシア、知ってる?  てか、リーさん言ってた?」


  ヤバい。視線が鋭く突き刺さってくるのを背中で感じる。変な汗がじわりと染み出てくる。


『さあ、知らないわよ。あなた、そんなこと全く気にせず走ってきちゃったじゃない。リーさん、だったかしら? 別れ際に何か言ってたようだけど』


  爪をいじりながら答えてくるシンシアは物凄く不機嫌だ。今日一の仕事がオレのゲロの後始末だったからだ。


「わかったら呼んで。私、あっちで本読んでるから」


「え?  あ……」


  そういうと先輩は、道の端の街灯の側のベンチに歩いていってしまった。世界樹のせいで、昼間でも薄暗い場所があるから、街の至る所に街灯があるのだ。先輩は本を読みながらリラックス。オレは焦る。

  レーゼツァイセンは本の街だ。数多くの古書店や書店があり、それほど大きな街でもないのに、三つの図書館が存在する。そもそも、この街に皇立図書士官学校が出来たのも、本に対する恵まれた土壌があってのことだった。

  街の三つの図書館、学校内の教育図書館、保護図書館、第3図書室、大小合わせて六つも図書館があるレーゼツァイセンは、もはや病気に近い。

 六つの図書館全てを回っている時間などない。先輩と手分けすれば可能かもしれないが、既に読書に集中している彼女に頼めることではない。ていうか怖い。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、シンシアが急におかしな声をあげた。


『ね、ねえ、あれ何?  なんか光ってるんだけど』


  精霊が指差すその先の空中には、確かに不思議なものが浮遊していた。金色に輝くそれは、高いところから少しずつオレ達の方に向かって降りてきた。一目見た瞬間に感づいた。リーさんが助けてくれたんだ。

 走って近づいて飛び上がってキャッチする。触れた感触はなかった代わりに、彼女の凄さを改めて実感した。


『ねえ、それなぁに?  さわっても大丈夫なの?』


  シンシアは意外と臆病なところがある。


「これは術式転化の一種だよ。離れたところにいる人にメッセージをおくれるんだ」


「先輩、わかりましたよ!」


  思わず満面の笑みで話しかけてしまった。なんかツバとか吐きかけられるかと思いきや、特にそんなこともなかった。失礼すぎる。


「ん」


  パタンと、読みかけの本を閉じてカバンにしまう。


「で、どこ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a href="http://narou.dip.jp/rank/index_rank_in.php">小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ