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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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図書室の書架整理です


  予定より遅くなり過ぎてしまった。急ぐつもりなどないが、遅れすぎるのも流石にまずい。

  荷物を確認して、戸締まりをして、今日も講義に出なければならない。

扉を出たところで、向かいの部屋のおじさんと出会う。お互い見かければ軽く会釈程度はする仲だ。階段近くの部屋からも、おそらく普通科の女子生徒だろう。飛び出してきた。


「おはようございます」


  挨拶されたので、オレは目礼で返した。基本的に朝は体調が悪い。あまり声を出したくはない。女子生徒を見送ってからオレもゆっくり階段を降りる。書動リフトもあるが、混みがちな朝の利用は極力避ける。

  小さなエントランスの端に、見知った顔を見つけた。まさかと思って二度見したが、やはり当人だったので、目を合わすことなく歩きすぎようとした。が、


「おはようございます。ミナセ先輩」


 ガシリと腕をつかまれてしまった。


「……なんでいるんだよ、リーさん」


  今日も白い制服をピシリと着た彼女は見目麗しい。今朝この娘とすれ違った男たちは皆、一日の始まりをさぞ幸せな気持ちで過ごせただろう。きっとそのせいでオレはこんなにも憂鬱なのだ。


「先輩は今日一限からの講義のはずでは?  どうして二限直前の今、部屋からでてくるのでしょう」


「……」


  なんで知ってんだよ。本当怖ぇぇよ。


「全く。襟が変になってますよ。制服どころか、私服もまともに着れないんですか?」


 ブツブツとお小言を言いながら、オレの喉元に手を伸ばしてきた。長くて綺麗な指に触れられて、かなりくすぐったい。世界樹の花とは違う、優しい香りがしてから気づく。すごく近い距離に彼女の顔があって、一気に緊張してしまった。顔をそむけて、何とか別のことを考える。


「はい、できました。服装がダサいのは仕方ありませんが、きちんと着るくらいはして下さい。小さな子供じゃないんですから」


「……だから、何でいるの?  リーさんこそ講義はいいの?」


  ブチ壊されたちょっといい気分は置いておいて、もう一度同じ質問をする。


「私は今日は二限からなので。む、それも少し危ういですね。それよりも、今日の予定についてお話ししたいのですが」


「今日の予定?  って、ちょっと!」


  右手の時計をチラと確認した後、リーさんはオレの手を引いて走り出してしまった。その速度の速いこと、速いこと。

  しかし、このままだと、


「って、あれ?」


  リーさんの手は既に離されていたが、オレと彼女の距離までもがはなされることはなかった。高速でオレの身体が動き続ける。しかも、息が全く上がらない。


「お気づきですか?  簡単な身体強化の述式転化です」


 本に記載されている内容を、本そのものの文書エネルギーを使って実体化、実効させるのが術式転化だ。しかし、ここまでスムーズにかつ、他者に効果付与させることができるのは、並大抵の技術ではない。


「何ですか。ジロジロ見て、気持ち悪い」


「感心してたの!  どうしてそう口が悪いかなぁ!」


「すみません、つい本音が出てしまっていました」


 真顔のまま、一切悪びれることなく彼女は言う。


「……それで、今日の予定って?」


「課題を取得してきました」


「はぁ……」


  思わずため息がこぼれた。こうなるのではないか、と予想はしていたが、的中してしまった。以前、実践課題のチーム成績が進級、卒業に関わってくると言ったが、正にこれである。

  本来、チームは課題に対して受動的だ。というのも、課題とは、普通科の生徒や、街の人達の困り事の解決だからである。彼、彼女らが持ってきてくれる依頼が課題となる。当然三百ものチームがあるのだから、人気や実力のあるチームからどんどん課題を受けることになり、オレ達みたいなのには回ってこない。

  そして、そういうチームが成績を稼ぐためにあるのが、公課題だ。学校や図書士協会から与えられるもので、どのチームでも週に一度だけ受けられる。ちなみに、一般から受ける普通課題は何度でも受けることができる。もちろん、課題達成する必要はあるが。


「で、何を受けてきたんだ?」


  一般的に、公課題は面倒なものが多い。そのくせ、締め切りが短かったりするので、受ける時は注意が必要だ。


「図書室の書架整理です」


「期限は?」


「三日後です」


  お、これはなかなか良い課題を取ってきてくれたな。ただの書架整理だし、今日からコツコツやれば、簡単に達成できる内容だ。


「司書の方が明日から魔獣の討伐任務らしいので、明朝には図書室閉鎖になるそうですが」


「だからそういうのだよ!  手ェ出しちゃダメな課題ってのは!!」


  柄にもなく大声を出してしまった。

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