オレも好きだよ
『……クラ、サクラ!!』
声が聞こえる。
『起きて! ねぇ、サクラ!!』
綺麗な声。美しいシンシアの声だ。
「……やく、止血を!」
うっすらと目を開く。ぼんやりしていて良く見えないが、四、いや五人の顔がオレを覗き込んでいる。
「み、んな……?」
『サクラ! サクラ!!』
シンシアが、リーさんが、オーガスト先輩が、じゃろ先輩が、ドラグスピアさんが、オレを泣きそうな瞳で見つめていた。
「先輩、聞こえてますか!?」
「こらミナセ起きろ!」
無茶を言う。オレにしては良く頑張ったよ。
『気をしっかり持つのじゃ!』
「そうだヨ! ミナセ君!」
口々に皆がオレを励ましてくれる。そんな中で、
『あらぁ、あんさん、潰れたカエルみたいやん。よう似合うとるよ?』
オレを嘲笑う声があった。
「め、狐……」
『ん? なぁん?』
「助け、て、下さい……」
オレの掠れた小さな声に、その場の全員が息を飲む。
『こりゃ、たまげた。あんさんならそのまま死ぬくらい言う思てたけど』
「生き、たい……。生きていた、い」
『わかった。貸しやで?』
「小春さん!」
『早く!』
小春が、ゆっくりオレの頭に手をかざすのを、暗くなっていく視界が捉えていた。
「……ん、あれ、ここは?」
目を覚ました。
「病、院……。っ痛!!」
腹と両腕が激しく痛む。どこもかしこも包帯でぐるぐる巻きだ。
『スゥスゥ』
「……」
見ると、シンシアとモミジが、それぞれオレのベッドに突っ伏すようにして眠っていた。微かな寝息が聞こえてくる。
「……?」
フと、いい香りがオレの鼻をついた。それは、どうやらシンシアの滑らかな黒髪の香りのようだった。思わず片手ですくって、そっと口元に近づける。
「……ドン引きです」
「ミナセ、あんたね」
そして、その行動を、チームメイトに見られていた。
「何やってんのよ……」
二人して、オレからすっと距離を取る。
「あっ、違っ! これはっ!! 痛っ!!」
慌てて両腕を振るが、急に激しく動いたため、また腹がとてつもなく痛む。
「んん、何……。あ! お兄ちゃん! 気がついたのね!」
「あ、モミジ、抱きつきな! 痛い!」
「やだ! もう! 危ないことばっかして! しばらく離さない!」
「痛い! 痛いって!」
『スゥスゥ』
オレ達がどんなに騒いでも、シンシアは起きてこなかった。
「シンシアさん、ずっと付きっきりだったんですよ」
リーさんがリンゴの皮をむきながら、話してくれる。
「ちなみに、あれからどれくらい経ったんだ?」
「三日」
オレに問いに答えながら、オーガスト先輩がリンゴをつまむ。
「まあ、小春さんがしばらくすれば目がさめるだろうって言ってたけど、やっぱり心配だったんでしょう」
「……女狐は今どこに?」
「もう! そんな呼び方しないの! 小春さんなら家に帰っちゃったよ」
眠るシンシアにシーツをかけながら、モミジがオレをたしなめる。
「そうか。でかい借りだな」
「あとでしっかり返してもらうって言ってました」
リーさんの言葉に思わずゾッとする。あいつに借りなんか作ってしまった。生き延びるためとは言え、かなりの代償だ。
「わかった。それで」
シンシアを見つめながら、指を指す。
「なんでこいつはでかいままなの?」
皇立図書士官学校の学祭は、三日間の休日をはさんで、オレが目覚めた今日が、フィナーレだった。
「ヨロハの連中、いや、セレンは?」
事件が終息した今、オレにとってはそれが一番の気がかりだ。
「ヨロハ教国特殊部隊は、合流した特務隊の方々が、全員捕縛しました。セレンさんも」
「多分こっちの法で裁かれる。ま、今はそれどころじゃないけどね」
「ヨロハ教国との件ですか」
「ヨロハ教国は、そんな連中は知らないの一点張りなので、きっと色々なことが、有耶無耶にされるんだと思います」
「そうか」
その時、コトリと紅茶のカップをテーブルに戻しながら、モミジが言う。
「私には、難しいことはわかんないけど、お兄ちゃんが、皆が元気でいてくれるのが嬉しい。きっとそれが一番大切なことだよ」
全員で頷きあう。
「そうだな」
「ええ」
「うん」
そして、街中に校内放送の音楽が鳴り響く。
「ミスコンテストの最終集計が終了しました。これより、グランプリの発表です。ご覧の方は、ステージにお集まり下さい……」
呆れてしまう。
「この状況でミスコンやってんのかよ……」
「まあ、皇立図書士官学校ですから」
リーさんも大分わかってきているようだ。
「お兄ちゃん、見に行こうよ! 乙姫さんも出てるんだよ!」
「そうだな、てかあれ、リーさんは?」
「私は予選落ちです」
たいして悔しくもなさそうに、リーさんは言う。なら、
「おい、シンシア、起きろ。おい」
『……ん、あれ、サク、ラ? サクラ! 目を覚ましたのね!!』
「痛い、痛いって! 抱きつくな!」
水精霊空想観察記録は、より強力な魔書「雪街」の干渉により、その力を弱めてしまった。その影響がシンシアの巨大化なのだろう。リーさんと話して、オレ達はそう結論づけた。
『巨大化って言わないでよ』
「まあ、そうだな」
シンシアの身長は、オレの肩までくらいで、現実の女の子の中でも小さい方だ。今もオレの肩を支えてくれている。会場までの道のりは、怪我人のオレにはかなりキツいものがあった。この様子だと、会場の人混みは、耐えられそうにもないと思っていたが、
「やあ、皆来たネ」
「ドラグスピアさん?」
姉さん、いや兄さん?が会場の外でオレ達を待っていた。
「結果的には、街を救ったのはミナセ君だ。そんな君に特別待遇がないわけがないよネ」
「特別、待遇?」
「先輩、こっちです」
リーさんがオレの手を引く。そして、到着したのが、ステージの真ん前のど真ん中。最高のビップ席だった。会場を埋め尽くす観客が、皆通りを譲ってくれる。そして、
「さあ、この街の英雄が到着しましたね。それでは、ミス皇立、結果発表です!」
ステージ脇で、婚約者のカランザ先輩に支えられながら、シェアラ先輩が司会を進行していた。
「では、第三位の発表です! リュカ・アスモディアラさん!」
会場がわっと湧き上がり、名前を呼ばれた小柄な少女が、涙を浮かべながら、ステージ中央に進んでいく。
「続きまして、第二位、準グランプリは……竜宮城乙姫さん!」
「ええ!」
これは驚いた。今年もじゃろ先輩が勝つと思っていたのに。
『ムウ!』
いつもの青い着物を着て、少し不満そうにじゃろ先輩が歩み出る。
「そして、栄えある第一位、今年のミス皇立に輝いたのは……」
会場に晴れやかな音楽が流れ出し、観客の気持ちをあおる。
「マリア・シーサイドさんです! おめでとうございます!!」
わっと観客から歓声が上がった。その声に押されるようにして、マリア先輩がステージ中央に出る。その瞳には、大粒の涙が滲んでいた。
「綺麗だ」
『本当ね』
珍しくシンシアもオレの言葉に同意する。
「今年も素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。グランプリ、おめでとうございます! 今、どんなお気持ちですか?」
シェアラ先輩がマイクをマリア先輩に向ける。そして、
「はい。とっっても嬉しいです!! 選んで頂いた皆さん、本当に、本当にありがとうございました!」
深々とお辞儀をする。
「このトロフィーを、私の二人の、二人の妹達に捧げたいと思います!」
その言葉に、オレは納得する。ああ、マリア先輩が今、あんなにも美しいのは、きっと、色々なことを乗り越えたからなのだろう。彼女の涙は、スポットライトに照らされて、一層美しく見えた。
「そして! 今年から新設された、審査員特別賞の発表です!」
シェアラ先輩がマイクに向かって叫ぶ。へぇ、そんなもの出来たんだな。
「栄えある第一回目の審査員特別賞は……」
誰だろう。ちょっと見当もつかないな。そして、
「シンシアさんです!! シンシアさん、ステージにどうぞ!」
ポカンと、オレとシンシアが固まる。
「ほら、シンシアさん、あなたですよ!」
「ステージに上がりなよ!」
リーさんとオーガスト先輩が、シンシアの手を取る。しかし、シンシアもオレと同様、かなり混乱しているようだった。
『サ、サクラ、どうしよう……』
「どうってお前、うわっ!」
オレの背中も押された。ドラグスピアさんだ。
「ミナセ君も、一緒に行くんだヨ! ほら!」
ええ?
「ほら早く! 先輩!」
「シンシアも!」
皆に手を引っ張られ、背中を押され、何故かオレまでステージに上がらされて。一気に会場の視線が、オレとシンシアに集中する。
「シンシアさんは、一瞬ステージに上がった時の、あまりの美しさが評価されました。何か一言、どうぞ!」
シンシアにマイクが当てられる。しかし、まだ混乱しているシンシアは、何も答えられない。
「じゃあ、そうですね。どうしてサクラ・ミナセさんと契約しようと思ったんですか?」
一瞬シンシアの目が見開き、そして、うかがうようにオレを見つめてきた。
『それは、えっと……』
「はい!」
『サクラは、私と契約した時、私が暴れてる中で、ずっと他の図書を守ろうとしてくれてたんです……』
「はいはい!」
『それ以外も、図書を探す時の手つきとか、表情とかが凄く優しくて、だから』
オレは、もう立っていられなくなっている。耳や頬どころか、全身真っ赤だ。
『私のことも、一生大事にしてくれるかな、と思ったからです!』
会場中が、明るく雰囲気に包まれた。
「じゃあ今、大事にしてくれてますか!?」
『うん! もちろん! サクラ大好き!!』
シンシアがオレに抱きついた。会場も一気に盛り上がる。盛大な拍手や、口笛がこだまする。皆、幸せそうに、楽しそうに笑っていた。
リーさんは、顔を真っ赤にしながら、手で自身を扇いでいる。
オーガスト先輩も、耳を赤くしながらも、何かを必死にメモっていた。
じゃろ先輩は、少しだけ不満そうだが、それでも最後には苦笑して手を叩いてくれた。
ドラグスピアさんも、優しい笑顔で笑っている。
ステージの脇には、会長と副会長、会計、そしてコーエン先生が立っている。
皆、皆、楽しそうだ。幸せそうだ。
そんな中、
「オレも好きだよ、シンシア」
シンシアの肩を抱きながら、小さく呟いて、受け取ったトロフィーを、高くかかげた。
「ほら、オーガスト先輩、行きますよ!」
「ちょっと待って!」
「はあ、なんで休みの日に課題……」
『文句言わないの! 頑張りましょう!』
三人がオーガストを急かすようにして、待っている。
「ごめん、遅れた!」
最後の一行。何とか書ききったオーガストは、そのノートをリュックにしまう。その表紙には、「水精霊空想観察記録・改」と小さく書かれていた。
長い長い物語も、これでお終いとなります。ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!また、どこかでお会いしましょう!




