あ、こら! 逃げんな!
薄桃色に染まる道を陰鬱な気持ちですすむ。ここまで気持ちが滅入るのは久方ぶりのことだった。いつもは鼻に付く世界樹の甘い香りも、今日は全く気にならないほど気分が落ちている。
『こら、いつまでそんな顔してるの? 男なら潔く腹をくくりなさいな! だいたい、あなた、やる気がないのは常日頃からなんだから、煙たがられるのはいつものことでしょ』
「励ましてるつもりなのかよ、それで。でも事実だから何もいえねぇ」
今日は実践課題のチーム員顔あわせの日だった。オレのチームは第299チームだ。番号に深い意味などないが、これならば、300の方が良かったと思う。ああ、ダメだ。もうすぐ中央舎についてしまう。
ここまですれ違ったほぼ全ての生徒に憐れみの視線をむけられた。うちのチームのことが既に学校中に広まっているらしい。好奇や羨望の目をした連中もいたが、オレの表情を見てすぐに思い直してくれていた。
中央舎の中腹はチームフロアになっており、全チームに一部屋ずつ自由に使える個室が与えられている。299チームの部屋は角部屋で、窓があるようだ。そこだけは少し嬉しい。
何やら雰囲気がおかしくなってきた。向こうから来る生徒達はみな、一様に駆け足で、表情も引きつっている。まるで怖いものから逃げてきたかのようだ。廊下の角に近づくにつれて、オレにもわかってきた。どす黒いオーラがみえる! この世の良くないもの全てを混ぜ合わせたかのような、邪悪な気配が299チームの個室から漏れ出していた。
『わ、わたし用があるから本に戻るわねっ、開けないでね、絶対!』
「あ、こら! 逃げんな!」
さっきまで気合いだなんだと調子良いこと言ってたくせに!
「ちょっ、まって、一人にしないで! オレを見捨てないで!!」
シンシアは本の中に帰って行ってしまった。もはや魔界につながっているとしか思えない扉の前で、本をこじ開けようと必死になる。しかし、あほ精霊も全身全霊で抵抗しているらしく、ビクともしない。
「本当に、本当に、お前の好きなものなんでも買ってやるかっ……」
その瞬間音もなく扉がゆっくりと開いた。魔界の空気が外に漏れ出す。そして同時に絶対零度の冷ややかな声が、した。
「なにしてるんだ。 早く入れ」
失禁しそうになった。




