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シンシアがいるから美しいんだ


 そこは、オレの知る展望台ではなかった。樹面も窓も、柱も、全てが消えて、ただただ真っ白なだけの空間がどこまでも続いている。病院の廊下のようだと思った。

 そこに一人、ポツンと人が立っている。


「あんたか、爺さん」


 黒いボロ布を頭から被った、白髪で白髭の、貧相な爺さん。こいつが星七魔書「雪街」の精霊だ。


『ヒェヒェ。来なすったか』


「シンシア、どこだ」


 そのこと以外に、最初から興味はない。


『はて、何のことでございましょう?』


「とぼけるな。お前がオレの中から追い出した、オレの精霊のことだ」


『ああ、それは、この娘のことでしょうかねぇ』


 黒いボロ布が右手をゆっくりと振るう。すると、ふわりと雪が降り始め、それが少しずつ集まっていき、やがて


「シンシア!!」


 オレの相棒の姿になった。


『ヒェヒェ。この者の力があったせいで、儂の力の発動が随分遅れました』


 シンシアの所に駆けよろうとするが、ポッとシンシアの身体が光ると、また何の変哲もない雪の塊に変わった。


「ッ!! てめぇ、シンシアをどこにやった!?」


 黒いボロ布に詰め寄る。その時、


「グハ!?」


 突如出現した巨大な雪の結晶が、オレの左腕を貫き、動きを止めた。


『儂の名はヤス、でございます。以後そうお呼び願います』


「ああ、そうかよ」


 左腕から流れる血が、白い空間を染めるように濡らしていく。


「で、ヤスさんよ。シンシアをどこへやった? とっとと返してくれよ」


 ヤスと呼ばれた精霊は、オレに背を向け、右手を虚空に伸ばす。その手が落ちてくる雪を掴んだ。オレの頭や肩にも、雪が少しずつ降り積もっていく。


『あんたさんがそれ程まで固執するその精霊。そいつにはその価値がありますかい?』


 ヤスがゆっくりと振り返りながらオレに問う。だと言うのに、その目は全く別の所へ向いていた。


「またそれか。あるに決まってるだろ。バカ野郎が」


 ヤスの目がギラリと光る。


「グアッ!?」


 頭をかいていたオレの右腕にも、また巨大な雪の結晶が突き刺さる。それはそのまま移動して、まるでオレは十字架に磔にされたような状態になった。


『血を流しているのは、あんたさんだけじゃないでしょう。たくさんの者が血を流し、そのてっぺんにあんたさんが立っている。しかし、それ程の価値が、その精霊にありましょうか』


「だから、あるって言ってるだろ……」


 降り続く雪は、まだそれ程時間は経っていないはずなのに、もうオレの足首まで積もっていた。ボタボタと落ちるオレの血が、雪によく映えて綺麗だった。


『この世も、人も、儂も、あんたさんも、誰かが必死に繫ぎ止めるほど大切なものでしょうか。いや、違う。大切なものなどこの世のどこにもない』


 一人話し続けるヤスを無言で見つめる。


『ならば、この美しい雪景色に全て埋もれてしまっても良いではありませんか。雑多で煩雑な世界より、ただただ白いこの世界に、閉じこもっていたいと思うのは罪でしょうか』


「へえ」


『何でしょうか』


 ヤスがオレを見る。


「あんたも、雪景色が、冬が好きなんだと思ってな」


『そうです。儂は、冬が、雪が、雲が、白い吐息が好きでございます。それだけに価値を見出せる』


 雪はオレの膝まで埋め尽くしていた。


「オレも、冬が一番好きなんだ。ギリギリ必要な物以外を削ぎ落としたみたいでさ。だから」


 だから。


「シンシアを返してくれよ」


『は? 何故そうなるのでしょう』


「わかんねぇかな。オレは」


 オレは、


「その雪景色を、シンシアと一緒に見たいんだよ。二人で見るから綺麗なんだ」


 白い吐息を吐きながら。寒いねって言い合いながら。揃いのマフラーを巻きながら。


「あいつがいるから、シンシアがいるから、美しいんだ。楽しいんだ。それがオレにとっての、あんたの言う『価値』だ。だから、もう一度、いや、何度でも言う」


「シンシアを返してくれ」


 血を流し過ぎて、意識が遠くなりかけていた。痛みさえ鈍くなっていく。


『はあ』


 ヤスは深いため息をつく。


『あんたさんの言い分はわかりました。しかし、それで良いのですかい?たくさんの人間が、あんたさんに儂を止めて欲しいと託したのではないですか?』


「はは」


 笑う。なんだこいつ。結構わかっているようで、何もわかってねぇな。


「バカ言うな。オレは、落ちこぼれで、ダメ人間だぞ? 街を救うとか、人々を助けるとか、そんな大それた事、誰も期待しちゃいねぇよ」


 シンシアを迎えに行く。その一点のみが信頼されていたことだ。


『はぁ、では儂の能力発動と、その精霊。どちらか一つしか叶わないとしたら、どうします?』


「シンシアだ」


『それで、七十二年間の冬を過ごそうともですかい?』


「その時は毎日シンシアと雪デートだな」


 皆が言うように、雪も溶かす勢いでイチャイチャしてやろう。

 はぁ。ヤスがまた大きなため息を吐いた。雪はオレの胸元まで降り積もっていた。


『どうやら、儂はあんたさんのことが嫌いみたいですな』


「ひでぇな」


『だからあんたさんとは契約しない』


「それは、つまり……」


 契約しなきゃ、「雪街」の発動もできない。


『この街は、救われたってことですねぇ』


「んなことどうでもいい。シンシアどこだ」


『ふん』


 忌々しそうにヤスが右手をまた振るう。すると、一面の雪がサァアっと舞い上がり、


「シンシア!!」


 その下にシンシアが倒れていた。しかし、ピクリとも動かない。


「おいてめぇ! シンシアに酷いことしてねぇだろうな!?」


『儂はなにも。あとはあんたさんらの好きにしなさい』


 ヤスはもうオレを見ようともしない。両腕を貫く雪の結晶も消えた。自由になったオレは、這いずりながらシンシアの元にたどり着く。


「おい、シンシア! シンシア!!」


『う、んん……』


 良かった。気絶してるだけみたいだ。そして、


『ん、あれ……。ここは? サクラ?』


 シンシアが目を覚ました。その時。


『ただし、あんたさんは死になさい』


 巨大な雪の結晶が、オレの腹を貫いていた。


「この、陰湿ジジイ、何も、シンシアの、目の、前……」

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