仕事、なんだろ?
「ミナセ君、くるよ」
「はい」
会長の声に気を引き締める。が、気がつくと、大きな握り拳がオレの目前にあった。
ガツン!
それに頭突きで返した。
「ほう……!」
「せい!」
会長の斬撃が、ザイツカーンの背中を襲う。しかし、それがガードも何もない背中に弾かれた。
「……!?」
「甘いっ!」
振り向きざまのザイツカーンの左の手刀。それを会長が左の短剣で受ける。が、会長の短剣が、根本から折られた。
「なっ!?」
「くっ!」
流石に下がって間合いを取る。まさか、そんなことがあるとは思ってなかった。
「会長の、皇に賜りし伝説の短剣が……!?」
ありとあらゆる敵を斬り裂いてきた名刀が、折れた?
「ふむ。まあそろそろ折れてもおかしくないとは思っていたけど」
会長はポイと折れた短剣を投げ捨てる。ちょ、ちょっと!
「それ大事な剣じゃないんすか!?」
「む? まあ大事な剣ではある。祖父の蔵から勝手に持ち出した物だ。まあ、僕にとっては思い出深い愛剣だが、価値にしたら二足三文だよ」
ま、マジか。じゃあ会長はどこにでもある短剣で、強大な敵を斬り伏せてきたのか。
「どんななまくらでも、達人が使いこなせばそれなりの物になる。そう言うことだ」
ザイツカーンが静かに告げる。
「しかし、あなたの述式結界の前には、歯が立たなかった」
そう、ザイツカーンは全身をすっぽりと薄い述式結界で覆っていた。そんなことが出来る人間は少ない。しかも、その強度が圧倒的だ。
「いかにも。我が最強の盾にして矛。この結界を破れる者なし」
そして、ザイツカーン自身も強力な格闘家だ。
「最強じゃねぇか。このおっさん」
「ラスボスにふさわしいだろう?」
だが、残念ながら、
「いいや、違うね。お前はラスボスなんかじゃない」
ここまで溜めに溜めてきた、シンシアがいなくなったことで、ごくごくわずかになった文書エネルギーを練り上げる。
「む……」
「水騎士よ……!」
呼び出したのは、オレが今生成できる中で最強の騎士。しかし、それだけではない。
「我が命に従い、その力、献上せよ……!!」
オレの詠唱で水が透けていくように消えてゆき、そして、オレの肉体に装備されていく。
「水騎の聖鎧……!!」
オレの腕が、脚が、胸が、激流にうねる水の鎧を纏っていく。
「あんたの結界、ぶち破ってやるよ」
「サポートする」
会長もオレの鎧の能力を悟ったのだろう。静かに一振りの短剣を構え直す。別にオレ自身が速くなったわけでも、強くなったわけでもないので、ザイツカーンに一撃食らわせるには、誰かのサポートが必要なのだ。
「面白い……。こい!!」
ザイツカーンが腰を落とし、両手を構える。左手を前に、右手は腰の位置。
最初に動いたのは会長だった。瞬く間に間合いを詰めきり、ただの短剣の一撃。それをザイツカーンは左肘で受ける。
ここで短剣がまた折れる。しかし、会長はそれに構うことなく左手でザイツカーンの左腕を掴む! 何やら皮膚を焼く嫌な音がするが、それでもその手を離さない。そして、
「うらぁっ!!」
オレの渾身の右ストレート。当たる! そう思った瞬間、
「むん!」
半身になって紙一重でかわされた。ジリッと水流の鎧が、結界と触れ合う。ザイツカーンがにやりと笑う。が、その時、オレの背中からグワっと現れたのは、先ほどオレが吸収した水騎士の本体。
「かかったな!!」
その右腕の大槍が、ザイツカーン目掛けて走る。顔を歪ませて、避けようと身体を捻るが、
「させない」
左腕を掴んだまま、会長がザイツカーンの背後に回り、羽交い締めにする。
「む、おおお!?」
「くらえっ!!」
水騎士の大槍が、ザイツカーンの胸を貫く! 纏われた述式結界を圧倒的力でぶち破る! 吹き飛ばされたザイツカーンは、大槍に貫かれたまま壁に激突し、磔にされた。
述式結界は、その強度以上の力で攻撃されると、消滅する。星六魔書のもつ文書エネルギーをほぼ全て注いだ一撃を、ただの人間が作った結界が抑えきれる訳がない。
「恐ろしい、威力だな」
会長は、ギリギリこところで大槍の一撃をかわしていた。しかし、その右肩には腕がちぎれそうなほど巨大な大穴が開いていた。
「完全、には、避けられ、なかった」
「会長!」
水騎の聖鎧を解除し、崩れ落ちる会長をなんとか支える。生暖かい血液が、オレの服を濡らしていく。
「行け。僕は、いい」
「っ!!」
「あと、十分。彼女を迎えに行くんだろう? 君の、好きにすると、いい」
それだけ言うと、会長は完全に意識を失った。
「そうなるのか」
本当なら、会長が先に進むべきだろうが、状況がそれを許さなかった。オレの着ていた服を脱ぎ、傷の箇所を包んで、ひとまず止血だけをする。
「行く、しかねぇか」
上でオレを待ってる奴らがいる。
「やっぱり、サクラが来た」
展望台第二階層、景色を眺めることもなく、ぼーっとした表情で立つセレンがいた。
「僕はサクラが一番危ないからマークしろって、散々言ったんだけどね」
「へぇ、それはまた何で?」
オレの力などたかが知れてる。それはセレンが一番わかっているはずである。オレがここまで来れたのは、色んな人の助けがあったからだ。
「それだよ」
「ん?」
セレンはオレを指差す。
「どうせシンシアさんに会いたいからってだけの理由でここまで来たんでしょ? 街のことなんて一切気にすることなく」
オレは何も言えない。
「そういう純粋に不純な動機は、色んな人を惹きつける。たくさんの人が君の味方をするんだ」
何故か淋しそうだった。
「そこを、どいてくれないか」
セレンは、二つある最上階に通じる階段を、一つ壊し、もう一つの前に立ち塞がっていた。
「無理だよ。僕も仕事だからね」
すっと懐から一冊の魔書を取り出す。
「『大陸武器百貨』。僕の契約魔書さ」
「そうか、魔書契約者だったんだな、セレンは」
何も、知らなかった。きっと、あえてオレには何も教えてくれなかったんだろう。
「この魔書は、この書に記載されている千八十七の武器を召喚出来る」
セレンが右手を上げると、三門の大砲が瞬時に出現した。
「斉射」
大砲が同時に火を噴く。全ての砲弾がオレに命中し、背後の壁を破壊していく。しかし、オレに傷はない。
「ズルいや、その湖面月鏡」
「オレはこの一芸だけで生きてるところがあるからな」
最後に残った文書エネルギーをかき集めて、発動している。セレンが笑いながら左手を振るう。そこには、四門の重機関銃が現れた。
「斉射」
何千何万という弾丸が、オレを貫いていく。だが、ただ、それだけだ。
「ねぇ」
「なん、だ」
「怒らないの? 君たちを騙してた僕を。街に酷いことしようとしている僕を。普通、怒ったり、怒鳴ったりするんだろうけど」
その通りだ。でも、
「何か、怒れねぇんだわ」
こうして、敵として対峙していても、何故か闘志は湧いてこない。
「そこ、どいてくれ」
「それは、出来ない。仕事だから」
「そう。仕事、なんだろ?」
セレンは笑顔を引っ込めた。
「だから何?」
途切れることない弾幕の中、オレは続ける。
「本心は別にあるんじゃねぇか?」
弾丸の嵐が、やんだ。
「……ヨロハ教国特殊部隊ってのはね、ほとんど、孤児や身なし子で結成されてるんだよ。僕らは仲間であり、家族なんだ」
だからね、
「仕事こそが命であり、全てだよ。別の本心なんて、ない」
ピピピと言うアラームの音がどこからか鳴った。
「発動だよ。僕らの、勝ちだ」




