それはこちらのセリフだ
「ちょっと、ここまで強い人は私の知る限り二人目ね……」
「く、そ!」
「退きなさい」
レンベルトは静かに言う。
「私は物心ついた時から、ただびたすらに述式転化による肉体強化を自身に施し続けてきた。今やこの肉体は一種の兵器だ。君たちが何人集まったところで破れるものではない」
「うるせぇ!」
カランザ先輩が叫ぶ。その両腕はもう使い物にならなくなっていた。
「オレはてめぇの後ろにいる奴に用があるんだよ! 邪魔するならてめぇもブチのめすまでだ!」
ベン・ベントナーは、椅子に座り余裕の表情で酒をあおっていた。レンベルトはカランザ先輩の言葉を聞きながら、ゆっくり目を瞑る。
「復讐か。それもまた正義。だが、私は立場上それを容認出来ない。ならば……」
また、レンベルトが消え……
「その想いごと破壊しよう」
オレの目の前に、レンベルトの巨体があった。ギロリと上からオレを睨みつけ、その両手で、カランザ先輩と副会長の首を、それぞれ握っていた。
「ガッ、ハ……!」
「っく、こ……の!」
高々と宙に持ち上げられた二人は、なんとかその手を離そうと抵抗しているが、その圧倒的な握力の前に為すすべもない。
「君は……」
レンベルトが言う。
「この場のレベルにあまりにもそぐわな過ぎる。立ち去りなさい」
その言葉には、とてつもない威圧感があった。思わず押し潰されそうになる。だが、
「イヤだね! お前が消えろ!」
水騎士を召喚。顔面目掛けて槍を振るう! ガギン! と音がしたが、
「是非もない」
激流を宿した水騎士の槍を、歯で噛み付いて受け止めていた。バクン! とそのまま噛みちぎる。
「先にこの二人から殺す。君はその後だ」
オレが絶望しかけた時、視界に閃光が走った、ように見えた。
「そんなことはさせない」
樹面をぶち破り、下から突如現れた会長が、逆手に持った二本の短剣で、レンベルトの腕に斬り込む!
「なっ!?」
「む」
「会、ちょ……」
レンベルトは握っていた二人の首を離し、両手の指で会長の刃を白刃どりする。
「……ガハっ!
「ぐ、ゲホゲボ!」
樹面に落ちた二人は、首を抑えて嗚咽をもらす。副会長に至っては血を吐いていた。
「せいっ!」
空中で受け止められた会長は、両脚でレンベルトの頭部を挟み込むと、そのまま一回転して、レンベルトの巨体を持ち上げ、樹面に頭から叩きつける!
「会長ぉぉ!!」
「すまない。遅れた」
刃を構える最強の男の背中は、怒気で満ち満ちていた。
乙姫は一人、舞を舞っていた。
『舞闘術。これは去年お主に見せたものじゃな』
声を掛ける先、ゆっくりと起き上がるのは生徒会長。何故操られているのかはわからないが、それでも今、彼の意思はない状態だ。
「グ、ゴ、オ……」
『なんじゃ。口もきけんのか』
会長は、一歩で間合いを詰めきる。左の凶刃が乙姫を襲う。
『ほいっ!』
それを払ったのは乙姫の左の裾。回転しながら闘う乙姫。そしてそのまま右脚の後ろ回し蹴り。これは会長の右肘が止める。しかし、その肘を足がかりに乙姫は、もう一度回転しながら飛び上がり、今度は左の回し蹴り。これは会長のこめかみに鋭く決まり、吹き飛ばす。
『なんじゃお主。弱くなっておらんか? まあ、操られておるなら当然かの』
なおも舞を踊り続ける乙姫は、つまらなそうに呟く。その乙姫に間髪入れずに会長が襲いかかるが、短剣による剣戟も、全て鉄扇「冥海」で弾かれる。
『っと、おお?』
会長の低い姿勢からの足払い。見事かかった乙姫は、バランスを崩す。そこへ会長の上からの一撃。それを、今の乙姫は防げない。が、
『鱓!』
小さく叫んだ乙姫の両手の裾から、二匹の巨大なウツボが飛び出す。それぞれが会長の短剣に食らいつき、乙姫を救う。その隙に態勢を立て直し下からの乙姫の蹴り。会長の顎を激しく打ち上げ、吹き飛ばした。
『ふむ。やはり弱くなっておる。そして』
気づいた。会長を操っている原因。
『しかし、面倒なところにおる。これは少々こちらも捨て身でいかねばなるまい』
流麗な足さばきをぴたりと止め、ゆっくりと乙姫は構える。狙うは一点。会長の首筋。
『せいっ!』
乙姫から仕掛けた。左の鉄扇「冥海」の突き。会長は短剣で弾きにかかるが、その瞬間、少し起動を変えた鉄扇が。
パッと開いた。
それは至近距離で会長の視界を塞ぐ。
『とりゃ!』
そして右の鉄扇の突き。不意を突かれた会長は防げない。だが、そこからカウンターの短剣が乙姫の胸元を襲う。
二人が突きの姿勢のまま一瞬停止した。会長の一撃は、乙姫の右胸に。そして、乙姫の一撃は会長の首筋を浅く斬りとり、その鉄扇の上には小さな虫の幼虫を乗せていた。
「こ、れ、は?」
『目覚めたかの?』
「う……僕は、操られていたのか」
会長は頭を抑える。二人は、得物をしまい、向き合う。
『獅子身中の虫、とはよく言ったものじゃな。この小さな虫が、お主を操っていたのじゃ』
冥海の上に乗った小さな虫を、樹面に落とし踏み潰す。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったみたいだ。みんなの足を引っ張らないですんだよ」
『礼など良い。妾は少し動けぬ。早く他の者を助けに行ってやれ』
出血する胸を抑えて、乙姫は座りこむ。その口の端から、少量の血が流れていた。
「すまない」
『そう思うなら早く行けと言うておるのに……』
「ああ」
今も上で誰かが闘っている。会長は、落ちてきた穴を飛び上がり、進んでいった。
『ふう。サクラは、大丈夫、かの?』
一仕事終えた乙姫は、その場に横たわった。
「ば、バカな! なんでお前、オレ様の支配から逃れてんだよ!?」
ベントナーの声に、会長がグイと自分の首筋を見せる。
「僕には、心強い仲間がいる。それだけだ」
「か、かいちょ……ガッハ!!」
「ゲホッ」
副会長とカランザ先輩の二人は、喉を潰されていた。
「よく闘ってくれた。あとは、僕に任せて」
会長が二人を庇うように前に出る。
「君が生徒会長か。なるほど。強いな」
レンベルトが頷きながら、構えを取る。その手の指は、それぞれ人差し指が斬り落とされていた。
「始めから全力で行かせてもらう」
「それはこちらのセリフだ」
全身に力を入れたレンベルトの筋肉が、一層膨れ上がる。会長は逆手に構えた二本の短剣を、キラリと煌めかせた。




