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さて、行ったかの


 世界樹を望める通り、述式結界に捕らわれたアレックス・コーエンは、悠々とポケットからタバコを取り出して吹かしていた。


「ぐ……」


「ガハッ……」


 その尻の下には、ボロボロになった二人の屈強な男。まともに身動きすら取れないほど派手に痛めつけられている。


「な、なんという強さ……!」


 一人残された男が戦慄しながら立ち上がる。彼もまた同様に全身ズタボロだった。


「何だ。自信満々の割にこの程度か。つまらん。本当につまらん。少々楽しめそうだと期待した儂がバカだったか」


 アレックス・コーエン。年齢七十四歳。その身体に蓄積された圧倒的量の戦闘経験は、若武者三人程度では、相手することは出来なかった。


「さて、他の者たちも心配だ。そろそろ行くとするか」


 ゆっくりと立ち上がるコーエン。その背中に声が追いすがる。


「お待ちなさい! 我らヨロハ教国特殊部隊。そうやすやすと行かせはしませ……」


「誇りは認める。ただ実力が伴ってなかった」


 男の言葉は、最後まで紡がれることなく、コーエンの拳の前に倒れふした。少しだけ鈍い痛みが残る拳をさする。その時、


「グハッ!?」


 コーエンの口から大量の血が溢れた。溢れ出る鮮血を抑えながら、一人たたずむ。


「儂も、老いた……」


 その呟きは、切ないようであり、また自身の務めを果たした達成感を持ったものでもあった。コーエンは静かにもう一度座りこみ、世界樹を見上げる。


「さあ、君たちの力を見せてくれ……!」








 アレックス・コーエンが闘っていたより、やや世界樹に近い通り。チウシェン・リーとフィオ・オーガストの二人は、まだ切り裂きジョーンを攻略出来ないでいた。


「くそ!」


「はぁ……」


 すでに二人の衣服は千々に千切れ、全身に鋭い裂傷をのこし、至る所から出血していた。致命傷こそ負っていないものの、大量の出血は徐々に二人の体力を奪っていく。対して、切り裂きジョーンは身体に傷一つない。


「ヒュースレイさんに稽古をつけてもらった時のことを思い出します」


「あっそ。じゃああの時外野で頑張れとか言って悪かったね」


 あえてくだらない会話をする。それでまだ心は折れていないことを互いに確認し合う。


「これが最後。仕掛けるよ」


「はい。合わせます」


 リーの返事と同時。オーガストはジョーンに突進した。左手の盾、右手のレイピアを走りながら構える。


「肉……肉……肉ぅ!!」


 両手の五爪の鉤爪をひろげ、オーガストの首元目がけて襲いかかる。オーガストは完全防御無視の特攻。ジョーンの魔爪が首筋に届いたと思う一瞬手前、


「ぐお?」


 ジョーンの両手の動きが止まった。それは、小さな小さな立方体の述式結界。それが両腕の全関節の位置に生成され、その動きを止めていた。


「らぁっ!!」


 その一瞬のすきを見逃さない。オーガストの右腕のレイピアが、普通なら届かないはずの間合いの外から一閃。ジョーンの胸に突き立てられる。そのままの勢いでジョーンの胸元に、オーガストの肩が打ち合うほど深く突き刺す。


「ぐ……が……」


 小さく呻いて、ジョーンは力なくオーガストに寄りかかる。レイピアを抜きながら、ゆっくり下がると、そのままズルズルとうつ伏せに倒れていった。


「ふう、何とか、勝てたね」


「先輩! 大丈夫ですか!」


 両腕の述式転化を解除したオーガストが膝をつく。長時間の力の使いすぎが、彼女の体力を奪っていた。リーが駆け寄る。


「大丈夫。でもちょっと休まないと動けそうにないかな……」


「はい。少しだけ、休みましょう」


 リーも両手を膝につく。二人が安堵の息をついた瞬間、


「ぐおおお! 肉ぅうぅぅ!!」


 ジョーンが起き上がった。完全に急所を刺し貫かれながらも、それでも執念で立ち上がったのだ。


「うそ……」


 そのまま襲いくる鉤爪を、オーガストはかわせない。脚に力が入らなかった。


「先輩!!」


 リーの声が響く。しかし、あまりのことに彼女も反応しきれない。魔爪がオーガストの首筋を斬りつける。その時。


「ぐ……お……?」


 ジョーンがうつ伏せに崩れながら倒れていった。二人は何が起こったのかわからず、ただただ眼を見張る。


『おやおや。随分とみぃんな元気そうやねぇ』


「あ、あなたは……」


 チリン、と鈴の音が鳴った。








「ハハ。君みたいな人間がオレ様を倒す? バカも休み休み言いなよ」


 ベントナーは懐から小さな酒瓶を取り出し、クイとあおる。


「と、言いたいところだけど、オレ様も今手駒がいない」


 ニタリと笑う。


「だから、この場は逃げさせてもらう。お前たちはそいつとせいぜい遊んでればいいさ」


 ヒラヒラと手を振りながら、ベントナーは階段を上り、消えていく。


「おい、待て!!」


 追いすがろうとしたが、バッと片手を広げたじゃろ先輩に止められる。


『落ち着くが良い。あの会長の目があるうちは無理じゃ』


「でも! あいつが!」


 早くしないと逃げられる。手駒がいないと言っていた今がチャンスだ。


『じゃから落ち着けと言うておるじゃろう。少し、待っておれ』


 じゃろ先輩はオレを制止し、歩き出す。ゆっくりと、再び着物の裾から鉄扇、冥海を取り出して構える。


『邪魔にならんよう、下がっておるが良い』


「じゃろ先輩……」


 会長はぴくりとも動かない。その会長に向かって、どんどん間合いを詰めていくじゃろ先輩。詰めていく。どんどん詰めていく。


「お、おい……」


 互いの間合いに入った。だが、まだ詰める。そして、その次の一歩で、両者の鉄扇と短剣が激しく打ち合った。



「うおっ!?」


 その圧に、オレが飛ばされそうになる。そのまま会長が右の短剣で突きを入れるが、半身になってかわしたじゃろ先輩がカウンターで右の鉄扇をかます。しかし、それも会長の左手の短剣が防ぎながら、後方へ飛び去る。


『甘い!』


 そこへじゃろ先輩が左手で何匹もの尖った魚を苦無のように投げつける!


魚閃ダツ


 その魚たちは、十、二十いや数え切れねぇ! 空中の会長に殺到する。しかし、会長はそれを、


「シッ!!」


 全て空中で叩き落とした。また着地と同時にじゃろ先輩へ突進していく。その時、じゃろ先輩が、何故か鉄扇を袖に落とし込む。


「ちょ!? なんでっ?」


 再び会長の右の突き。じゃろ先輩はそれを左手甲でいなすと、低い姿勢から懐に飛び込み、右手で会長の襟をとる。そして、自らは身をよじりながら、腰で会長を浮かす。


『うおりゃっ!!』


 渾身の一本背負いだった。その破壊力は凄まじく、叩きつけられた会長が下の樹面を突き破り、下の階に二人で落ちていく。


「じゃろ先輩!」


『行け! あの小男を倒してこい!』


 煙が上がる下の階から声がする。どうやら無事のようだ。


「頼みます!」


 オレは先輩を置いて、ベントナーを追う。どうせここにいても出来ることはない。







『さて、行ったかの』


 下の階で乙姫は、ゆっくりと立ち上がる。


『これで倒されておれば楽なんじゃがの』


 ムクリと、煙の中の影が起き上がる。


『ま、そう上手くは行かぬか。まあ良い』


 もう一度、鉄扇を両手で構え、舞を舞うような美しき所作で、姿勢を整える。


『去年の選挙、妾は負けたとは思っておらんぞ?』

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