オレの顔に見覚えはねぇか!!
「ああ!? なんだガキ、てめぇ?」
それは、天井に頭が付きそうなほどの大男。そいつがオレの行く先を遮っていた。両手にはめられたメリケンをガシガシと打ち合わせながら、オレを威嚇してくる。
「ああ、あの、ちょっとそこ、通してくれませんかね?」
「殺してやるよ!」
ダメだ。会話にならない。闘うしかないのか。ゆっくり腰を落とし、術の発動態勢に入る。その時、
『鯨雷弾!』
凛とした叫びと共に巨大な物体が、オレのすぐ隣を駆け抜けていった。
「!?」
「!?」
透明に輝くそれは、巨大な鯨。恐ろしい速度で大男に向かっていく。
爆音と共に世界樹の壁に大穴を開けた。大男は、どうなったのだろう。
『ふん。あのような小物にいちいち時間を取られているのではない』
オレの後ろからゆっくり歩いてきた声。振り返ると、そこには青い艶やかな着物をまとったじゃろ先輩。裾を膝上までまくしあげて、紐で固定している。
「い、いや、あいつ、多分ですけど、結構強かったですよ?」
『妾よりは弱い』
世の中のだいたいの人間がそうだよ。しかし、思わぬ超戦力が来てくれた。じゃろ先輩となら、並み居る強敵と渡り合いながら展望台を目指せる。
『む? そう言えば、何故お主がここにおるのじゃ? 作戦は精鋭のみの参加じゃし、迷子かの?』
「あのですね……」
じゃろ先輩にかいつまんで事情を説明する。
『ふむ」
「わかって下さいましたか?」
『わからぬ』
あれ? オレの説明の仕方が悪かったかな。
『お主、見たところあのちびっ子精霊がおらんことで、まともに術が使えんのではないか? もしくは制限が厳しくなっておるか。なのに、何故ここまで来た?』
「は、はい。それは」
そうだ。おそらく、大技の湖面月鏡は使えて一回。その他の術も似たようなものだ。
「でも、行かなきゃならないんです。オレがあいつを迎えに行ってやらないと」
迎えに行く、とはどういうことか自分でもはっきりとはわからない。しかし、あの展望台に行けば、シンシアに会える気がするのだ。
『ふむ。まあ良い。妾の後についてくるが……ん?』
その時、未だかつて経験したことのない程の怖気が、オレの背筋を襲ったのだった。
「おや、もうこんなところまで来ちゃったか」
大階段の前、階段に腰掛けて、酒をあおる小男がいた。
「流石は学内最強の男ってか。対君用に準備したやつらは全員やられちゃったのかねぇ?」
カツン、と小さく音を立てて、生徒会長は立ち止まる。
「あなた、ベン・ベントナーか」
「お、ご名答。オレ様の名前を知ってるのか」
「知らない方がおかしい」
ベン・ベントナー。ヨロハ教国特殊部隊副隊長にして、一時世界を震撼させたテロリストでもある。
「そこを退いてくれないか?」
「ム・リ。ここから先はオレ達の隊長と、小僧しかいない。行かせられないね」
「ならば、押し通る」
会長が姿勢を低くする。それを見て、ベントナーは口角を上げて、歪んだ笑い顔を作る。
「じゃ、こんなんどうかな?」
バチンと指を鳴らすと、その背後から、何人もの人間が現れた。
「人体操作か」
現れた人間は、全員虚ろな目をして、幽鬼のように揺らめきながら立っている。
「そういうこと。ちなみにこいつら全員君とこの生徒だから。さあ、君は守るべき生徒相手に、その短剣を振れるかな?」
「ゲスめ……」
うおおお!! 雄叫びを上げながら、操られた何十人もの生徒達が、会長に殺到する。七人で全方位から会長を取り囲む。が、一閃、円状に煌めきが走ったかと思えば、七人全員が仰向けに崩れ落ちていく。
「ほうほう……!」
なおも会長の動きを止めようと、次々に生徒らが襲いかかるが、その全てを一刀のもとに斬り伏せていく。ものの数十秒で、二十人以上が薙ぎ倒された。さらに空中から二人の獣人の男が会長に飛びかかっていく。
「ガウウ!!」
「っ!!」
その鋭い爪を、短剣で薙ぎ払うように叩き折り、そのまま行き過ぎ、振り返ったところで獣人の後頭部に肘を叩き込む。さらに迫り来る二人目の攻撃をしゃがんでかわし、下からねじり込むように顎を短剣の柄で打ち上げる。二人の獣人はバタリと倒れた。
「あれ、おかしいなぁ。その獣人二人はかなり動ける奴らのはずなのに……」
小男は、右手親指の爪を噛みながら、思案する。
「ふん、じゃあ、こんなんどうでしょう?」
「……?」
小男の後ろから、再び現れた二人の男子生徒らが、向かいあい、
「……! やめろ!」
銃口を互いに突きつけた。バン! と小気味良い音が、する直前に会長が投擲した短剣が、銃を弾いた。
「きっさま……!」
「ふふん。どうやらこれは効くようだね。なら……」
会長が倒していたはずの人間全てがゆっくりと立ち上がり、手に手に武器を持つ。
「派手にいこうか……!」
「このっ!!」
会長は、もう周囲の生徒らに構っていられなかった。最速で小男を無力化するしか方法はない。その焦りが、一瞬の隙を生んだ。
「グ……ガハッ!?」
会長の足元に倒れていた獣人が、瞬時に起き上がり、なにか注射器のような物を会長の首筋に刺した。
「ふふん。これでオレ様は」
小男が歪んだ笑顔をつくる。
「千人力だ」
オレの全身を襲う怖気は、徐々に強くなっていく。その悪寒の発生源は、視線の向こう、奥の階段から生じている。
「な、なんだ?」
『ふむ』
カツン、カツンとゆっくり上階から誰か下りてくる。なんだ?一体何が……?
「あ、あれ」
『む?』
会長だった。
「会長! あなたも闘ってたんですね!」
思わず駆け寄る。じゃろ先輩に会長。学内二強が揃った。この二人となら十分展望台を目指せる。だが、
「会長? どうしたんですか?」
会長が何も答えてくれない。元々明るい人ではないが、そういうこととは少し違う気がする。
『お主、下がっておれ』
「え?」
『あれは、妾やお主が知る会長ではない』
はい? 何言って……。そう思った時、会長が、ゆっくりと二本の短剣をいつものように、逆手に構えた。まるで、オレ達と闘おうとしているかのように。
『下がれ!』
「う、グハッ!」
じゃろ先輩に突き飛ばされた。見上げると、先ほどまでオレがいた場所で、じゃろ先輩の鉄扇「冥海」と、会長の二本の短剣がつばぜり合いをしていた。
「会長!? なんで!?」
『わからぬ! おそらくこやつ、操られておる! たぁ!』
じゃろ先輩が膂力で会長を押し返す。離れぎわ、会長の蹴りがじゃろ先輩を襲うが、それもきっちり冥海で防ぐ。その攻防はあまりに速く、オレは目で追うのもギリギリだ。
「じゃろ先輩!」
『狼狽えるな。大丈夫じゃ』
確かに、会長の様子はおかしい。操られているというのは本当だ。そして、それが出来る奴は、オレの知る限り、
「ベン・ベントナー……!」
ミスコンのステージ上に立った小男に見覚えがあった。世界中で事件を起こしている過激派テロリスト。あいつの契約魔書「蠱毒」だ。
「むむ、その様子だと、オレ様がやってるってバレちゃったかな」
すると、ひょっこり階段の影から、ベントナーが顔を出した。下卑た笑いを浮かべながら、飄々と歩いてくる。オレはその顔に唾を吐く勢いで怒鳴り散らす。
「てめぇこら!! オレの顔に見覚えはねぇか!!」
「なんだ、うるさいなぁ」
ベントナーは、オレをまともに見ようともせず答える。
「知らないね。オレ様有名人だし、そっちが勝手に知ってるだけじゃない?」
なら、
「じゃあ、リエラテロ事件を覚えてるか!!」
「……? ああ、それは流石に覚えてるよ。オレ様プレゼンツの企画だったからね。何、君生き残り?」
違う。生き残れなかったのだ。
「タイジュ・ミナセと、リリエル・ミナセ。てめぇに殺された図書士の息子だ!!」
オレの怒号は、虚しく響くだけだった。
「へえ、世の中狭いのか。それともオレ様が手広く仕事をしすぎてるのか」
こたえた様子も、反省するそぶりもない。当然だ。こいつは凶悪テロリストなのだから。
「じゃろ先輩、会長のことは、すみませんがお任せします」
『うむ。引き受けよう』
オレは、
「オレはあいつをやる!!」
完全に血が上りきった頭を、冷ますことは難しかった。




