捕まえましたぞ
「何も、仕掛けて来ませんね」
リーさんが走りながら呟く。第二図書館を飛び出して十分。世界樹まであと半分の距離だと言うのに、ヨロハ特殊部隊からの攻撃はなかった。それどころか、辺りは静まり返っている。そんな状況が逆に不気味だった。
「油断はするなよ」
コーエン先生がオレ達に声をかけたその時、突如オレ達の周囲を球体状の述式結界がつつみ始めた。
「くっ!!」
コーエン先生がオレを突き飛ばし、リーさんとオーガスト先輩が自力で脱出する。
「ふむ。三人逃しましたか。まあいいでしょう」
前方から、三人の軍服が現れた。そいつらも全員述式結界の中に入り込んでいるのは何故か。
「行け!」
「了解!」
オレ達三人は、囚われたコーエン先生に見向きもせず、先へ進む。仮にもコーエン先生は大陸最強を謳われる、時間停止能力を持つ男だ。心配することの方が失礼にあたる。
結界の中の軍服三人も、オレ達を一瞥すらせずに道を通す。ただ、そんな彼らがコーエン先生を前にしても笑っていたことが不可解だった。
「三人行かせていいのか? あの子達はなかなか優秀だそ?」
「あなたと天秤にかければ、当然の処置です」
軍服の三人は、ゆっくりと間合いを詰める。だが、コーエンはそんな三人には取り合わず、自らの能力を発動しようとする。だが、
「っ!?」
「お気づきですか?」
先ほどから喋っている中央の男がニヤリと笑う。
「この私が作った述式結界の中では、全ての魔書能力が発動出来ません」
「ほう」
「そして、この二人はヨロハ教国においても、肉弾戦のスペシャリスト達です」
男の笑顔がさらに歪む。
「楽しみですねぇ。大陸最強と呼ばれるあなたから、その能力を奪ったら何が残るのか。まあ、少なくとも楽に死ねるとは思わないことです」
自信満々に話す男の声を聞きながら、コーエンは一人手首を回していた。
「ふふ、いいだろう。面白い」
「っ!?」
コーエンから突如噴き出した闘志に、三人の軍服が一瞬怯む。
「儂の能力相手だと、張り合いのある敵というのがなかなかいなくてな。これは久しぶりに楽しめそうだ」
「……後悔しますよ」
「いいから来たまえ。皇国式軍隊格闘術の真髄、見せてやろう」
静かに構えを取り、白衣を翻すコーエンに、三人の男が飛びかかった。
「ハア、ハア、コーエン先生、大丈夫でしょうか」
リーさんが少し心配げだ。
「大丈夫だろ。コーエン先生だぞ」
「いえ、これくらい大掛かりな作戦です。相手がコーエン先生の対策を練っていないとは思えないのですが……」
あの三人の顔を思い出す。
「今更そんなこと言っても仕方ないでしょ。私達は進むだけだよ」
先頭を行くオーガスト先輩の言葉に頷いて、改めて気合いを入れる。すると、
「待って、止まって」
オーガスト先輩が近くの壁に張り付き、オレ達を制止する。ゆっくり壁の影から先を覗いてみると、
「何か、いますね」
リーさんも思わず何か、と表現した何かがいた。それは真っ黒のローブを被った、黒く長い髪を汚らしく地面に引きずる人間だった。
「……肉、生肉……」
そいつはうわ言のようにブツブツ
呟いては、道の中央に立ち尽くしている。
「何でしょう。おそらく敵ですが……」
「相手してらんねぇ。回り道しよう」
「そうだね、別の道から……」
その瞬間、長い鉤爪のような武器が、壁を突き破って襲い掛かってきた!
「くっ!」
「うそっ!」
それを三人、何とかかわす。しかし、オーガスト先輩は肩口を小さく斬り裂かれていた。
「肉……女の肉……」
長髪の男は、何かゴーグルのような物で目を隠していた。どこを向いているのかわからない。その顔を、ゆっくりと回す。そして、
「キッシャアアアア!」
再び攻撃を仕掛けてきた。両手の甲から長く伸びた五爪の鉤爪が、リーさんとオーガスト先輩を襲う。
「はっ!」
「せいっ!」
オーガスト先輩は左腕を盾に変化して、リーさんは述式結界を展開して、それぞれ受ける。が、
「うわっ!」
「キャッ!?」
きっちり受けたはずの二人が弾き飛ばされた。何かの術ではない。完全に膂力のみで二人を弾き飛ばしたのだ。
「こいつ……」
「思い出しました。この人、切り裂きジョーンです」
三人で正三角形を形成して、男を囲む。
「確か、教国出身の世界指名手配犯罪者だっけ?」
「え? こいつ確か、去年捕まってなかったか?」
ヨロハ特殊部隊は、今日の作戦に相当力を入れていることがわかる。おそらく獄中のこいつを解放し、この街に放ったのだろう。
「肉……女の生肉……」
口の端からよだれを垂らしながら、気味の悪い単語を呟きつづけるこいつは、明らかに異常者だった。
「ミナセ先輩、行って下さい」
リーさんの発言にオレは目を丸くする。
「はぁ!? 何言って……」
「気にせず行って。あんたここにいても、多分役に立たない」
オーガスト先輩も続ける。
「いや、それより三人でこいつをとっとと倒して……」
「無理です。手こずります。それなら……」
「あんた一人でも、先に進む方がいい」
切り裂きジョーンは、たくさんの一般人と共に、大量の図書士を惨殺していることで有名だった。
「こいつは女性を特に殺してる! そんな奴の前に二人を置いていくなんて……!」
「だからこそでしょ。こいつ、あんたに興味ないみたいだっし!」
ジョーンがオーガスト先輩に斬りかかる。それを盾でいなしながら、先輩は右腕で反撃する。
「シンシアさんを迎えに行けるのは、あなたしかいません!」
「だから行け! こいつ片付けたら私達も行くから!」
「……っ!!」
二人に背を向けて、オレは世界樹の方へ駆け出した。二人の視線を背中に感じながら、全力で走る。頼む、どうか無事でいてくれよ……!
ドン!! という爆音と共に、室内に煙が充満した。そこから、のそりと男の影が現れる。
「二十三人目。まだまだいそうだな」
それは、二本の短剣を逆手に構えた生徒会長。生徒会は既にそれぞれ動き出していた。もくもくと上がる煙を背に、生徒会長は進む。
「ケケ! やっぱ並みの戦士じゃ、相手にならねぇかぁ」
廊下に立つ生徒会長に、講義室の中から声が掛けられた。そこにいたのは細身の男。教卓に腰掛けている。
「ケケ! オレかぁ!? オレは対お前用に集められたうちの一人。名はガリン・ガリ……グボァ!?」
生徒会長の右拳が、細身の男の顔面に突き刺さった。そのまま弾き飛ばされた男は、講義室の壁にぶち当たり、ズルリと落ちて気を失った。
「ふむ、二十四人目」
生徒会長が講義室を後にする。目指すのは今尚凶々しいエネルギーを放ち続ける世界樹展望台。だが、
「っ!?」
会長の足を止める気があった。それは、紛れもなく闘気。鋭く洗練されたそれは、一直線に会長の元に届く。
「これは、行かねばならないな」
階段を駆け上がり、辿り着いたのは、つい先日まで生徒らが熱いバトルを繰り広げていた大演習ルーム。そのスタンドに立つ。そして、会場を見下ろす。会場の中央に、座して待つ一人の男がいた。
「禿頭? いや、剃髪か」
出来る、と小さく呟いて、ゆっくり会長はスタンドから降りる。座した男は身じろぎひとつしない。会長は男の正面、十メートルの所まで近づいた。
「来て、頂けましたか」
「随分丁寧な招待状が届いたからね」
剃髪の男が立ち上がる。その男は白い法衣姿に、長く太い錫杖を構えていた。
「デン・デンドラ。ヨロハ教国の田舎町で、小さな孤児院を営んでおりまする」
「そのような御仁が何故こんなところに?」
「……参ります」
会長の問いかけには答えず、デンドラは低く構えの姿勢を取った。数瞬後、錫杖と短剣が激しくぶつかり合う。
「とりゃあ!」
デンドラが空いた左手で掌底を打ち込んでくる。会長はそれを右手と脇で巻き込む。ボキン、といやな音がして、デンドラの左手が折れて、いなかった。巻き込まれることを察知したデンドラが、瞬時に肘の関節を外したのだった。
「へぇ!」
「むん!」
そのまま力強く錫杖を叩きつけるが、会長はそれを両手を交差させて短剣で受ける。そして、互いに蹴足。それぞれが脚を蹴りあって、二人の距離が空いた。
強いな……。髪をかきあげながら、会長は賞賛の溜息を漏らす。一方、デンドラは肩で息をしていた。
「いやはや、お強いことは承知しておりましたが、まさか、これほどまでとは」
目元に垂れてきた汗を拭う。この数合の打ち合いで、互いの強さを理解していた。
「もう一度聞く。何故神父であるあなたが戦場に?」
「……金のためにございまする」
「金の?」
デンドラは、小さく息を吐いて、態勢を整える。
「ヨロハの冬は、長く厳しい。その冬を越えるだけの蓄えが、我が院にはないのです」
「……」
「ろくに蓄えもないまま、このまま冬がくれば、身体の弱い幼い子らから先に死に絶えて行きまする。しかし、この作戦に参加すれば、大金が手に入る。拙僧はそれに乗りました」
「それで、あなたが七十二年間の冬を過ごそうとも?」
「過ごそうとも」
会話しながらも、二人は間合いをはかりあっている。そして、それを会長がやめた。
「わかった。あなた相手に小細工はしない」
「はい」
「行く」
静かに走り出す構えを取った会長の、右手の短剣が光った。
「……!」
会長の右の短剣が閃光の速度でデンドラに斬り込む。
入った! 会長が確信した時。
会長の刃を、デンドラの左手が、その手の平を刺し貫かれながらも、短剣の柄を……掴んだ!
「捕まえましたぞ」
飛び散る血液を頬に受けながら、デンドラは右手の錫杖を突き出す!
「せりゃあ!!」
「グッ!!」
その先端が会長の鳩尾に打ち込まれ、威力そのまま、会長は後方へ弾き飛ばされていく! その勢いで、三十メートル向こう、スタンドと会場を隔てる塀に激突する。
「ふう」
デンドラは息を吐く。
「拙僧の、負け、のようですな」
突きの姿勢のまま、会長の短剣を左手に突き刺したまま、デンドラは呟き、そのままゆっくりと崩れ落ちていく。その右手には錫杖も、いや、肘から先の肉体がなかった。
「ペッ!」
会長が小さく血を吐く。右腕の甲が、鳩尾を守り、錫杖の突きを受け止めていた。錫杖にはまだ強く握られた、デンドラの右腕がぶら下がっている。
「お、見事ですな」
「あなたも、素晴らしい戦士でした」
会長はゆっくり歩いてデンドラに近づき、彼の左手に突き刺さった短剣を抜いた。
「クッ!」
その痛みにデンドラは顔を歪ませる。
「あなたの両腕はもう、使えない。降参してくれますか」
「いいえ。まだ、子供らを抱き締めることは出来まする」
デンドラの言葉に、会長は小さく笑って、
「そうか」
大演習ルームを後にした。




