理解して励め
「そ、そんな、ちょっと待って下さいよ!」
そんな事を言いつつ、思い当たる節はあった。
「君の精霊、シンシアと言ったか。あれが今日、人間大の姿をして、ステージ上に現れたな」
「はい……」
魔書の二重契約は、特別な素養があれば不可能ではない。だが、それがない場合、契約者に何らかの異常が出ることがわかっている。
「オレの精霊、シンシアがどんなに呼びかけても出てきてくれません」
「やはりか。ステージ上に現れたのも、君の意図しないことだな?」
「……はい」
「何か契約の前兆があるはずだ。思い当たることはないかね?」
「思い当たること……」
一つ、あった。
「昨日、変な黒いボロ切れを被った爺さんに、話しかけられました」
「ふむ、おそらくそれだな」
講師陣が目を合わせて互いに頷く。
「我々は今からヨロハ教国特殊部隊の撃滅と、『雪街』発動阻止に当たる。そこに君も参加してもらう」
「はい……」
当然だ。オレが今回の事件の中心人物なのだから。また、契約者で一度精霊と接触したことのあるオレなら、もう一度精霊と話が出来る可能性もある。
「十分後、図書館正門に装備を整えて来たまえ」
「了解です」
ひとまず、モミジやリーさん、オーガスト先輩に報告しなくてはならない。足早に三人がいるところに戻る。
「あ、先輩! 何の話だったんですか?」
一番最初にオレを見つけたリーさんが声をかけてくる。三人が作る輪の中にオレも混ざる。
「落ち着いて聞いてくれ。今からオレは敵の撃滅と『雪街』発動阻止に当たる」
「ええ!?」
「ちょ!? なんであんたが!?」
リーさんとオーガスト先輩が慌てる。そりゃそうだ。精鋭のみの作戦参加に、オレが含まれるわけがない。
「ちょっと待ってよ! その前に、そもそも『雪街』って何なの!?」
不安に涙目になりながらモミジが叫ぶ。「雪街」はそこまで有名な魔書ではない。一般人のモミジが知らないのも無理はなかった。
「『雪街』の原本は、大陸特別危険指定魔書です。並み居る星七魔書の中でも、特別異彩を放つものですね」
リーさんが眉をよせながら、静かに解説する。
「そ、それが発動したらどうなるの!?」
「……『雪街』は世界型魔書、その特性は一部地域の完全隔離です」
「か、隔離?」
「もし、『雪街』が発動した場合、図書を中心とした半径七十二キロメートルの球体状の術式結界中にある世界が、外の世界と完全に隔離されます」
「そ、それって大変なの?」
大変だ。リーさんの言葉に続ける。
「隔離された球状の中の地域は、季節が巡ることなくずっと冬のまま、雪が降り続ける。数少ない生存者の証言だ」
「数少ないって、何で?」
「『雪街』の発動期間は七十二年。中にいる人間は七十二年間、外に出ることも出来ずに冬の時代を過ごさなきゃならない」
七十二年もの長期の間、冬が続けば、いくらそこそこの土地があろうとも、中の人間が食いつなげるほどの食料があるわけがない。『雪街』の発動は、死とほとんど同義だ。それ故に、最凶最悪のテロ行為と呼ばれる。
「かつて、大陸の三分の一を治めた大国があった。しかし、その大国の首都で『雪街』が発動し、その大国は瓦解した。国の主要機関が七十二年も使えないんじゃ当然だよな」
「そ、そんな。その魔書が、今この街にあるの……?」
半径七十二キロメートルといえば、レーゼツァイセンがすっぽり収まって余りある。
「じゃ、じゃあ早くここから逃げないといけないんじゃないの?」
「いや、それはムリだ」
「雪街」は既にオレと契約してしまっている。完全発動こそしてないものの、もうこの街からは出られなくなっているだろう。それを静かに伝える。
「だけど、安心しろモミジ。絶対お兄ちゃんが発動を阻止してやる」
「そうですよ。この街には優秀な図書士の方がたくさんいます。中でもアレックス・コーエン先生は大陸最強と言われるほどの方です。だから絶対大丈夫ですよ」
そう。まだ希望はある。
「じゃあ行ってくる。いい子にしてろよ?」
涙ぐむモミジの頭をそっと撫でて、離れる。何より、シンシアのことが心配でたまらなかった。
「ちょっと待って下さい。一人で行く気ですか?」
「そんなわけないだろ。精鋭と一緒だよ」
リーさんが怒ったように言った言葉に苦笑いで返す。
「そういう意味じゃないっての」
気がつくと、オーガスト先輩がオレの隣にいた。
「……シンシアさんの件、オーガスト先輩から聞きました。先輩が、契約者なんですね?だから、あなたも行くんですね?」
「そうだ」
「なら」
なら、
「私達も一緒に行きます」
リーさんが固い決意のこもった表情で言う。
「あんた、一人じゃ頼りないしね」
二人の覚悟はひしひしと伝わってきた。
「命の保証は出来ませんよ?」
「何を今更」
「『雪街』が発動したら同じことでしょ」
二人と小さく笑い合う。
「わかりました。一緒に行きましょう。シンシアを取り戻すのを、手伝って下さい」
「ふむ、来たか」
コーエン先生は、リーさんとオーガスト先輩がいることに、何も言わない。いつもの皇国の軍服の上に、白衣姿だ。眼鏡をくいと押し上げる。
「奴ら、ヨロハ教国特殊部隊は、覚悟が決まった連中だ」
コーエン先生が静かに告げる。
「そう言う連中と闘うと言うことを、しっかりと理解して励め」
「はっ!!」
他の講師陣が風のように消えた。自然オレたちチーム299のメンツが残る。
「覚悟? んなもん決まってるのは当然だろ」
「そう言う意味じゃありません」
オレの発言にリーさんが反応する。
「この街で『雪街』を発動するということは、彼らもその犠牲になると言うことです」
「あっ!」
「それだけじゃないよ」
オーガスト先輩が、グッと腕を伸ばす仕草をする。
「『雪街』が発動したって、私達が即死するわけじゃない。普通に生きてる。そんな中、多勢に無勢の奴らの結末なんて、簡単にイメージできるでしょ?」
つまり、奴らはこの街に長年囚われ、街の人間に、私刑、リンチにあう覚悟すらあると言うことだ。
「ったく、流石ヨロハ教国。殉教精神旺盛なこったな」
「そう言うことだ。君らは儂と一緒に、世界樹上方を目指す」
コーエン先生が告げる。
「世界樹上方?」
「この街の完全中心に位置し、なおかつ我々の邪魔から守りやすい場所、それはそこしかない」
なるほど。
「もちろん、他の場所も探すつもりだが、そんなことはしなくても良さそうだな」
「え?」
すると、世界樹を見上げていたオレ達に、世界樹展望台の方から、とてつもなく禍々しい文書エネルギーが溢れ出してきた。
「うわっ、きっついな、これ」
「本当」
「さて、儂らも行くぞ。おそらく、奴らの邪魔が入ると思うが、それらは基本いなしながら進む。時間はあと一時間三十分だ」
発動から完全発動までだいたい二時間。オレ達に残された時間だった。オレはパン、と両頬をたたいて、第二図書館をあとにした。




