諦めなさい
「なるほど、それで朝からシンシアさんと喧嘩してたんですね」
「ああ」
チーム299の個室内、げっそりした表情でオレは、今朝のことをリーさんに相談していた。あれからカンカンに怒ったシンシアと言い争いになってしまったのたのだ。
「ですが、シンシアさんが怒るのはわかりますが、何故言い争いに?先輩が一方的に怒られるだけでは?」
「いや、それが」
もちろん最初はそうだった。だが、徐々にシンシアがヒートアップしていくうちに、まるで今回のことに関係のないオレの悪口やイヤミが飛び出すようになっていき、オレが耐え切れなくなったのだ。
「それで言い争いですか。全く、もう子供じゃないんですからそう言うのは謹んで下さいよ」
「面目ねぇ」
「それに、水精霊空想観察記録は国宝級の図書でもあるんですよ? それを水に濡らしたって……。懲役くらっても文句は言えませんよ」
人の命と図書だったら、微妙に図書の方が価値が高い世界だ。
「それで、修復館には持って行ったんですか?」
「ああ、でもオレが出来る限りの処置はしてたから、もうすることないって返されちまった」
修復館は街の外れにある場所で、傷んだ図書を直してくれる場所だ。
「そうですか。まあ、そうですよね。それで、私に相談と言うのは?」
もちろん決まっている。
「どうすればシンシアに許してもらえるかな?」
言い争いがかなり熱のこもったものになってしまったので、図書を濡らしたこと以外でも、シンシアを余計に怒らせてしまった。あれからシンシアは図書の中に引きこもってしまっている。
「そんな……、それこそ私なんかより先輩の方がずっと詳しいんじゃないですか?」
「いや、それがね」
こう言う互いが怒りあったまとまった喧嘩と言うのは、かなり久しぶりのことだった。なので、どうもどうすればシンシアに許してもらえるのかと言うのが、わからなくなってしまっていた。だからオレは困っているのだ。
「仲直りはしたいんですよね?そしたらやっぱり誠実な態度で謝るしかないんじゃないですか」
「うーん」
あれだけ派手に言い争ったあとなので、どうにもそれはやりにくい方法だった。
「あとは、何か贈り物をするとか、ですかね。私が両親と喧嘩した時とかは、いつもそうしてましたよ」
贈り物か。何かシンシアが気に入りそうな物を見繕ってみるか、
「わかった。ありがとうリーさん。ちょっと祭りの露店とかのぞいてみるよ」
「はい。お役に立てたなら何よりです」
そう言ってリーさんが手を振ってくれた。オレも片手を軽くあげて、部屋を後にしようとした時、最後に声をかけられた。
「あ、そうだ先輩。オーガスト先輩に会ったら、明日の打ち合わせがしたいから、この部屋に来て欲しいって伝えてくれませんか?」
「いいよ、了解」
打ち合わせとは何だろうか。今回オレはミスコンの方は完全ノータッチなので、少々気になる。だが、今は何を置いてもシンシアの機嫌だ。あまり後に引きずりすぎると、取り返しがつかなくなるような気がするのだ。
今日も外は祭りの見物客で一杯だ。今日で祭りの前半が終了する。それにちなんだイベントも各地で開催されており、まだまだ楽しみな要素は盛りだくさんである。ただ、そんな中、オレは一人出店や露店を回っていた。もちろんシンシアの機嫌を直してもらうためのプレゼント選びだ。ただ。こう言うセンスにはあまり自信がないので、出来れば誰かの意見も聞きたいのだが、あいにく今は一人だ。
道を行き違う人達と、肩をぶつけあいにながら歩く。何やら有名なパフォーマーがこの先にいるらしく、通りはとくに混雑していた。うざったいが仕方ない。人波をかきわけて、店を覗いていく。なかなかこれと言ってピンとくるものがない。そもそも、シンシアの身体にあった売り物なと、たかが知れている。それを探すことから既に大変だった。そんな中、
『探し物かい。あんたさん』
ふいに声をかけられた。見るとそこには、黒いボロ切れをまとった、貧相な爺さんが道の端に座っている。物乞いの一種かと思ったが、どうやら少し違うようだ。
『わしがその探し物、見つけてやりましょうか?』
「いや、結構だ」
占い師の類いか。別に珍しくもない。祭りで浮かれる客を相手にしているのだろう。
『ひぇひぇ。まあそう言わずに。あんたさんにはこの前のお礼もある。特別に占って差し上げましょう』
「……?」
この前のお礼? 何のことだろうか。
『覚えてないなら構いません。ほれ、そこに座りなさい』
有名な占い師ならともかく、こんな貧乏くさく、胡散臭い人間の言うことなど、普段なら絶対聞かない。しかし、その時はシンシアとの喧嘩で心が弱っていたのか、勧められた椅子に素直に座ってしまった。
『ひぇひぇ。それじゃあ、あんたさん、今困っているね』
「おお、そうだ」
『ふむ。そしてそれを解決するための糸口を探している、と』
「そ、その通りだ」
何だこの爺さん。もしかしてすごい人なのか。そう思った矢先、
『諦めなさい』
「は?」
『どうせ、あんたさんが大切な物全て、少し時が経てば、無意味な物になりましょう』
「……何言ってんだ、あんた」
『おや、ご理解いただけませんかい?』
意味がわからない。いきなり、オレの全てを否定されてしまった。あまりに突然のことで、怒り出す気にもなれない。
『どうせ生きてること全てが無為無駄なことです。その全てを諦めなさい』
「……あんたな、人生長生きしすぎて、飽きちまってるのかもしれないが、それを他人、てかオレに押し付けんなよ」
『おや、ではあんたさんの人生は無駄ではないと?』
「うーん」
確かにそう言われてしまうと、何とも言えない。それは人間の存在意義すら問う問題で、今オレ一人に投げかけられても困ってしまう。だが、それでも一応自分の意見を述べてみる。
「まあ、人生というか、人間自体は無駄なもんだよ」
『ほう』
「でも、だからこそ、皆そこに価値をつけるために頑張ってるんじゃねぇか?」
『ほうほう』
「だから爺さん。あんたのその、めちゃくちゃな理論、人に押し付けんな。一人で思う分には構わないが、頑張ってる奴らに押し付けちゃダメだぜ」
『ほほう。これはこれは。御見逸れしました』
ひぇひぇと、きみの悪い笑い方で、ボロ切れの爺さんは笑う。そして、パッと消えていなくなった。
「え?」
なんだ?オレの目がおかしいのか?先程まで道の端に座りこんでいた爺さんが、いきなり消えた。なに、どう言うことだ。
『ちょっと』
「あん?」
シンシアが声をかけてきた。
『あなた、そんな所で何してるの?色んな人に見られて恥ずかしいからやめて』
気がつくこと、道の端に壁向きに座って喋る、痛い人になっていた。
「いや、さっきまでここに爺さんが!」
『いないわよそんなの』
それだけ言うと、またシンシアは図書の中に戻ってしまった。おそらく、オレのあんまりな奇行に一言物申したくなったのだろう。
「ま、まあいいか」
どこか釈然としないが、気持ちを切り替えて歩き出す。シンシアから話しかけてくれたのだ。おそらくもう一押しなのだろう。だが、この後街中の露店や出店を回ってみたが、めぼしい物は見つからず、結局手ぶらで帰ることになってしまった。




