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方法はありませんよ


 会場は、まだ対戦前だと言うのに、最高潮の熱気だった。観客席全てが人間で埋まっている。その中には、世界各地、皇国の全機関のスカウトたちが勢ぞろいしているのだろう。


「作戦はあるの?」


「はい。一応」


 カツカツと会場へと続く暗い通路を歩きながら言葉を交わす。


「へえ、じゃあやってみな。私はあんたが勝手にギブアップしないように見張るだけの仕事のつもりだしね」


「もう少し働いてくださいよ」


 何とも締まらない会話をしながら、オレは会場へと一歩足を踏み出した。対戦相手はもう来てる。円形の会場を二メートルくらいの塀で囲んだ、その中央にすでに立っていた。塀に手をかけて、バサリと飛び越え、対戦相手の待つ中央へとゆっくり進んでいく。声援と歓声を突き破るようにして、一人の声が会場にこだました。


『イヤァー!  皆々様方! 皇立図書士官学校学園祭へようこそ! その中でも最大のイベント、生徒会長選挙の実況を務めさていただく、ミスターマイクだぁ! よろしくぅ!』


 毎年選挙の実況担当をしているのは、シェアラ先輩ではなく、ミスターマイクだ。適当なように見せかけて、武道のたしなみがあり、対戦者のバトルを正確に伝えることに定評がある。


『うざってぇかもしれないが、軽くルール説明だ! 相手を無力化させた方が勝ちの何でもありバトル! ただし、殺したり、観客に被害を与えたりしたら反則負けとなるぜ!場外も同様だ!』


 去年じゃろ先輩は観客席を吹っ飛ばして失格になった。


『さあ! 西コーナーから出て来たのは、学校内でも最高の有名人の一人、サクラ・ミナセ! とにかく自分の美少女精霊とイチャイチャしてるだけのちゃらんぽらんだと思われていたが、ここにきて本領発揮か!? 今大会注目のダークフォースだぜ!』


「散々な言われようね」


「まあ、慣れてますから」


 クスリと笑う相手にすまして答える。オレの対戦相手は、


『そしてぇ! 東コーナーから出てきたのは、我ら皇立図書士官学校が誇る美人副会長!リーリエ・S・ジューンだぁ! 全生徒から絶大な支持を得る彼女は、最強の生徒会長の跡を継ぐことが出来るのかぁ!?』


 男子生徒の憧れの的、超絶美人の副会長だった。かくいうオレも、ファンクラブに名を連ねている。


『これはなかなか面白い対戦だなぁ! 男子生徒からある意味対極の羨望の的である二人の対戦だぁ! ただ、そのせいで会場は副会長ムード一色だ!』


 本当にそうだった。だが、オレにはもうそんなこと関係ない。


『さあ、闘いのゴングが鳴るぜぇ!? おめぇら準備はいいかぁ!?』


 ガーンと、けたたましい音が鳴って、とうとう試合が始まった。だが、その前に一つ、オレはしなければならないことがあった。


「あの、握手してもらっていいですか?」


 副会長とサシでお会いできる機会なんて、今日を置いて他にはない。出来ればサインも欲しいくらいだ。


「あら、いいわよ」


 副会長も笑顔で応じてくれた。やったね!


「さあ、始めましょうか!」


 お互い再び距離を取った時、副会長が静かに呟いた。すると、何もない土の地面から、多種多様な樹木、草花が一気に生えてきた。


『出たぁ! 副会長の得意技、樹花を操る述式転化! この星のありとあらゆる植物が彼女の盾であり矛である!』


 副会長が左手に抱える星四魔書「植物図鑑」。魔書契約者でもないはずの彼女だが、流石の実力だ。


「行きます!」


 ビュッ! とトゲの生えた蔦がオレに迫り来る。七本のそれを身体をひねりかわし、最後は横に飛び退く。全てかわした。が、


「甘い!」


「……!」


 オレが飛び退いた場所、オレの背後から巨大なひまわりのような花が咲いていた。それがなんと巨大な口を広げて、オレを捕食しようとしてくる。


「くっ! うおっ!」


 何とかそれもかわすが、左の肩口を食いつかれた。痛い。


「食虫植物……!?」


「いいえ、その子は動く物なら何でも食べるわよ!」


 いつの間にか対戦会場が森林のようになっていた。遠距離戦では勝ち目がねぇ。間合いを詰めようと走ろうとする。が、足が動かない。


「な……!?」


 足に蔦が絡みついて、地面に縫い止められていた。動けない!


「ごめんなさい。これで終わりよ!」


 副会長が大きく右手を振るうと、先端の尖った蔦が、オレの両手と腹を貫く。


「ミナセ!!」


 オーガスト先輩が叫んだ。


『おおっと、これは決まったかぁ!?』


「いや」


 まだだ。確かに鋭い蔦がオレの身体を貫いた。しかし、オレの身体から流れるのは血ではなく、透き通った水。


「『湖面月鏡』、発動……!」


 蔦で貫かれたオレの身体が、パシャリと音を立てて霧散する。


『な、なんだぁこれは!? 会場の地面が……まるで水面のように、揺らめいて、いる!?』


 そして、その中心で燦然と輝くのは、黄金色の満月。


「地面が全て、水面のようになっている……? そして、この月はいったい?」


「よそ見してるヒマあるんすかぁ!?」


 副会長の背後に回りこんだオレは、蹴りを放つ。しかしそれは地面から伸びてきた蔦で絡み取られる。そして、そのまま激しく地面に叩きつけられた。本来なら悶絶ものの攻撃だが、今のオレは水飛沫になって霧散するだけ。


「……! いったいどういう?」


『何だこれはぁ!? ミナセには実体がないのかぁ!?』


「ミナセがたまに見せるあの術……。あれは一体何?」


 セコンドのオーガスト先輩すら困惑している。当然だ。これの全容を知っているのは、オレとじゃろ先輩だけだ。


『ちょっとサクラ。また余裕かましてるけど、あと十分も持たないわよ!』


 シンシアが術の残り時間を気にして急かしてくる。だが、焦ってはいけないのだ。副会長は、まだ少し混乱しているようだった。ここが好機!


「このっ!」


 副会長がトゲのついた蔦のムチを振るう。それはオレの頭部を容赦なく破壊する。だが、それも虚しく水飛沫になるだけで、オレには何のダメージもなく、再び再生する。


「ふう。今のは流石に危ないですよ。オレじゃなきゃ死んでます」


「あなたなら大丈夫なのでしょう? なら何の問題もないわ!」


 言葉の最後と共に、もう一度副会長はムチを振るう。それがオレの胴を引き裂いたが、もちろんオレは何処吹く風だ。


「もう気づいているじゃないですか? あなたはオレに勝てませんよ」


 敬愛する副会長に対しては、随分偉そうなセリフだが、こうするしかない。


「オレのこの『湖面月鏡』は、ありとあらゆる攻撃を無効化します。例えば、あなたが先程から空気中に漂わせている毒とかもね」


「あら、気づいていたの」


 会場の様々なところに咲いた、紫色の花から何やら怪しい香りがしている。


「あなたの周囲だけに飛ばしていたのだけれど、効き目がないのは本当のようね」


『おいおいおい! こりゃあまさかの番狂わせあるんじゃねぇか!?』


 ミスターマイクの実況に、観客たちにざわめきが広がる。その中には、オレへのブーイングが多分に含まれていたが、そんなの気にするか。


「全く厄介極まりない術ね。攻略法はあるのかしら?」


 もちろん、ある。だがそれを教えるわけにはいかない。「湖面月鏡」は、言わば精巧な分身を作り出す術と言っていい。

 夜の湖。そこには夜空に輝く月が映し出されている。その水面の月に触れようとしても、手は湖の水面をかくだけ。触れようとしても触れられない。つまり、今副会長や会場の皆が見ているのは、本当のオレではなく、湖面に映る虚像のオレということだ。そりゃどんな攻撃も当たるわけがない。それなら本当のオレがどこにいるかと言うと、


『あやつが今おるのは、あのチビ精霊の作り出した異空間。あの水面のような地面に映りこんでいる、あの中じゃ』


「つまり、自分は一人安全なところに隠れて、相手を挑発している術ってことですね。なんか、凄く卑怯な気がする術ですが……」


「わ、私もそう思います……」


『大丈夫じゃ。おそらく誰もがそう思う』


 なんかオレの悪口を味方までもが言ってる気がする。オレはすでにもう副会長の攻撃を避けるのをやめ、されるがままになっていた。このまま副会長の戦意を削ぐつもりだった。


「どうですか。もう気が済みましたか?何度やっても同じですよ」


 オレの態度に会場の雰囲気もどんどん悪くなる。ヤジや怒号がオレに向かって飛ばされていた。


『いやぁ!? こいつはすごい展開になってきたなぁ! 会場は副会長応援ムード一色だ! ここで解説の現生徒会長に話を聞いてみるぜぇ!』


 いたのかよ。本当影薄いなあの人。オレは目線を副会長から外して、実況席に移す。その態度にまた会場の怒気が膨らんでいく。


「そうだな……。この闘い、生徒会長選挙は、意地とプライドのぶつかり合いだ。そして、この二つに置いてリーリエを上回るものはない。僕はそう思うよ」


 流石は生徒会長。よくわかっている。でも一応マイク入ってるから、もう少し声張って喋った方が良いよ! そうこうしている間も、副会長の攻撃の手は止まっていない。オレは食人花に食われ、体内から花を咲かせ、巨大な木の枝で貫かれたりしていた。まるで試すように、執拗に攻撃を繰り返す。


「ふふ、嫌になっちゃうわね。本当にどうやって倒せば良いのかしら」


「方法はありませんよ。オレの勝ちで、あなたの負けです」


 ただ、なかなか副会長の心が折れない。このままだと、オレの時間切れになってしまう。仕方ない。オレもそろそろ攻めせてもらう。


「水騎士よ!」


 虚像のオレが高々と右手を掲げると、その背後から巨大な軍馬に跨った、激流で構成された騎士が出現した。それが構えるのは、オーガスト先輩の突撃槍など比べものにならないほど大きく、尖った大槍。「湖面月鏡」との同時発動のため、水騎士の出現時間も大幅に制限されるが、これで攻める。


『うぉっと、これは! サクラ・ミナセ、とうとう攻撃に出たか! これは副会長ピンチだぜ!』


 実況が叫ぶ。


「行きますよ」


 オレは無情に右手を振るった。軍馬が地面を揺らし、副会長に突進していく。


「くっ!!」


 咄嗟に副会長が木の蔦で水騎士を捕らえようとするが、液体の塊に過ぎない水騎士を捕まえることが出来ない。水騎士が槍を大きく振りかぶる。


「リーリエ!!」


 会長が短く叫んだ。

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