明日も闘います!
レーゼツァイセンの街が祭り一色に染め上げられている中、セレン・スペツナズは一人、薄暗い路地を歩いていた。その歩みはまるで猫のように、足音一つ響かせない。一人歩くこと数分、彼は路地の行き止まりにたどり着いていた。スッと歩みを止め、ポケットからライターを取り出すと、シュボッと火だけを灯す。すると、
「計画は順調か?」
どこからともなく、声が聞こえてきた。それは低い男の声だ。
「おそらくね。まあ、ヤツがこの街に入りこんだことだけは間違いないよ」
「そうか」
セレンが答えると、今度は別の声が聞こえてくる。
「ただ、ヤツが発動するのは、流れに身を任せるしかないね。監視はしてるけど、しばらくは待つしかない」
「わかった。ヤツが発動開始次第、我々も行動に移す。それまでは、今まで通り、監視を続けておけ」
「了解です」
セレンが小さく頷くと、その後からは一切声が聞こえなくなった。路地裏の壁に背をもたれかけさせながら、セレンは一人ごちる。
「さて、楽しい学生生活も、学園祭も、ここまでだ」
夕刻、今日のイベントは一通り終了し、街は少し静けさを取り戻していた。こらから人々は各々宿に帰り、また明日からの祭りに備えるのだろう。
「うーっす。はぁ、疲れた」
そんな中、オレは一人チーム299の個室に戻ってきていた。生徒会長選挙予選が終わった後、どこを探してもリーさんがいなかったので、仕方なく帰ってきてみたのだ。
「おや、先輩。お疲れ様でした」
「お疲れ」
中にはリーさんとオーガスト先輩がいた。
「モミジちゃんなら、もう宿に帰しといたから。もう今日は外を出歩かないようにも言ってあるよ」
そうか、オーガスト先輩は仕事を完璧にこなしてくれたみたいだ。リーさんがカチャカチャと小さな音を立てながら、オレの分の紅茶を用意してくれる。
「はぁ、本当に疲れた」
椅子に座ってズルズルと落ちていく。このまま眠ってしまいたい気分だった。
「お疲れ様でした。少し眠りますか?私はまだここでやることがあるので、良ければ起こしますよ」
「ああ、申し出はありがたいけど、オレ明日のトーナメントの組み合わせ聞かないといけないから」
今日の予選を勝ち抜いた八人による一対一のトーナメント。その組み合わせが、これから放送される予定だった。
「え、そんなの聞いてどうするですか?」
「あれでしょ。副会長の試合見に行くんじゃない?」
「……」
二人とも釈然としない顔をしている。あれか、これはあれか。まさか二人とも……
「あの、二人ともオレが負けたって思ってる?」
どうやら二人は、リーさんが出場するミスコン用の衣装を準備してきるようだった。今、リーさんが持っているのがそうなのだろう。
「え、違うんですか?」
いや、酷いな。
「違うわ。オレ、明日もあるよ、本戦が」
二人がぴたりと固まった。いや、オーガスト先輩は紅茶のカップを手から取り落とした。カシャンと渇いた音がして、カップが割れたことがわかる。
「……今、なんと?」
「……ねぇ、もう一回言って?」
こいつら……。呆れるやら悲しいやらで、何と言っていいかわからない複雑な気持ちになる。
「勝ちました。おれ、明日も闘います!」
「ええ!!」
「何だよもう! 勝てって言ったのリーさんじゃん!」
本当に驚愕したようで、リーさんは目を限界まで見開いているし、オーガスト先輩に至ってはまだ半信半疑のようだ。
「いや、でもまさか本当に勝ち抜いたなんて……。先輩、負けたいんじゃなかったんですか?」
「いや、だから勝てって言ったのはリーさんじゃんかよ」
だから予選が終わった後、リーさんいなかったのか。なかなか酷い仕打ちだ。
「本当に、本当に勝ったんですか?」
どうもまだ信じてないようである。
「ちゃんと勝ったよ。てか、負けなかっただけなんだけどね」
オレの言葉に嘘はないとわかってくれたのか、二人はホエーと息を吐く。
「ええ、本当に意外と言うか、予想外です。先輩、こういうの興味なさそうですし」
「興味云々って言うより、実力が問題でしょ。なんか不正したんじゃない?」
してないっすよと、返す前に、ポンッとシンシアが本から飛び出してきた。
『ちょっと二人共! サクラが信用ないのはわかるけど、私のことを忘れてもらっちゃ困るわ!』
腰に手を当てて胸を張って答える。
『サクラが勝ったって言うより、私が勝ったのよ!』
まあ、確かにその通りなのだが、少しくらいはオレに花を持たせてもバチは当たらないんじゃないだろうか。自信満々のシンシアの言葉に、リーさんとオーガスト先輩がそれぞれ納得したようだ。
「ああ、そうか。シンシアさんがいますもんね」
「そういや忘れてたよ。あんた星六魔書契約者だったね。となると……」
オーガスト先輩が片手を顎にあてて、考えるような仕草をする。
「リーのミスコンでの最低順位のハードルがだいぶ下がったね。よかったじゃん。まあ、あんたならそんなの関係無くいい線いくと思うけど」
「そ、そうですか。エヘヘ」
少し頬を赤くしながら、リーさんが照れる。なんだリーさん、可愛いじゃないか。
「ミナセもよく頑張った。おかげて色々楽になったよ」
珍しく、と言うか初めてオーガスト先輩がオレを労ってくれた気がする。
「私はなんにもしないで成績が稼げる。チーム万々歳だね」
そうだった。結局この人の一人勝ちだ。なんかズルイが仕方ない。
「じゃあ、明日は皆で先輩の応援ですね!」
「うん、せっかくだし見に行くよ」
「そ、そうですか……」
何だか嬉しいような照れ臭いような。だが、二人、いや、おそらくモミジも来てくれるだろうから、三人が見に来てくれることになる。それなら、少し気合が入る。他の七人の誰と当たるかにもよるが、もしかしたら勝機があるかもしれない。
すると、きた。校内放送の音だ。
「お、明日の組み合わせ発表ですね」
珍しく、いや、皇立図書士官学校入学以来初めて、やる気を出したであろう、オレの明日の命運が今わかる。




