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水精霊空想観察記録  作者: 夏目りほ
第一章
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寝坊助には関係ねぇよ


「書史学の起こりは、今から約九百年前のエネルギー革命に端を発します。当時の主力エネルギーは蒸気力でしたが、オジソンの電気実験の際に偶然発生し、発見されたのが、文書エネルギーです。これが世界に広がり衝撃をもたらしました。文書エネルギーとは、我々人間が書いた文章や、作成した書物が発する有限の力のことをいいます。何故、文章や、その集合体である書物がエネルギーを発するのか、現在でも解明されていません。ですが、これまでの研究から、より多くの人に読まれた書や、より強い著者の思いによって書かれた書が強力なエネルギー体となることがわかっています。このことから、人の思いや感情、記憶などが文章や書を通して実体化したものだという仮説が有力視されています。そのため、文書エネルギーではなく、思念エネルギーと呼ぶ人もいます。 ふう。あの」


 怒涛の解説に彼女自ら一息つけると、その少し上気した頬を片手で抑えながら、小さくコーエン先生に問いかけた。


「なんだね」


「……飲み物を飲んでもかまいませんか、少し喉が渇いたもので」


「かまわんよ、それと、もう少しゆっくりでもいいぞ」


  コーエン先生の承諾より早くに、水筒に口をつけた彼女は、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み進める。口の端からこぼれた水滴がやけに艶めかしく、口元を滴る水がつたって白いシャツの襟をしめらせる。講義室内の男子すべての視線を釘付けにするほどの美しさだ。


「ップハッ! いえ、時間があまりないので」


 続けます。そういって彼女は飲み干した水筒を机において、小さく深呼吸した。


「文書エネルギーの大きさですが、下から順に星一から七まで存在し、星三のエネルギーでおおよそ一般家庭が一週間で消費しきる程度だといわれています。星三エネルギーとは、さほど有名でない作家が書いた書を三年程度の間で百人の人間が読破した書一冊分です。ちなみに、星七の書は、暴発すれば、国一つ吹き飛ばす程度と想定されています。 そして、書史のなかでかなり初期の段階で、星五以上の文書エネルギーをもつ書を書き、生み出す『文豪』が出現します。彼らの作品は、娯楽としての読み物というだけでなく、産業を支える大切なエネルギーとしても注文を集めます。 現在書初期と呼ばれている最初の百年間は、発明ラッシュの時期です。動力のほぼ全てが文書エネルギーに代替され、書動機関、書動車、書動飛行機など、今でも使われている発明品が産まれました。ただ、図書や文章、また、それを産み出す作家や、詩人らを『エネルギー源』として扱うような見方が増え、娯楽と教養としての書、詩を見るべきだ、という人々の暴動やデモが各地で起き始めます。そして、この暴動やデモが次第に過激化し、書初期から、混乱期へと移り変わっていきます。 混乱期最大の特徴は、魔書と契約です。魔書とは、文豪たちの想いが強すぎたために、書に意思が生まれ、書が読者を選ぶようになったものの総称です。魔書を読むためには魔書に認められ契約を交わす他ありません。その場合に何らかの代償を求められることもあるようですが、当時はほとんど無償だったようですね。このことがさらなる世界の混乱を招きます。 魔書と契約したものは『魔書使い』と呼ばれ、その膨大なエネルギーを自由にできます。そして、増長した魔書使いたちによって、世界各地で争いが引き起こされ、世界大戦まで発展します。この混乱と絶望の時代が書中期、魔書期と呼ばれます。 魔書の分類ですが、物質や生物などをうみだす召喚型、現実世界に何らかの作用を引き起こす述式型、そして、独自法則をもつ空間をつくりだす世界型の三つがあり、その全てが使いかた次第で凶悪な兵器になりえます。そして、これらに対抗するために生み出されたのが……」


「待て」


  コーエン先生が笑いをこらえた声で彼女の話を止めた。少し不満そうな少女がカバンから新しい水筒を取り出しつつ聞き返す。


「はい。どうして止めるのでしょうか。まだ、三分の一も終わっていません」


「確かにそうなのだが、少し周りを見回してみろ」


「周り……?」


  講義室内のほとんどの生徒の頭から煙が上がっていた。あまりの情報量の多さに脳がショートしていたのだ。目を回している生徒もいれば、青い顔で必死に参考書をめくっている生徒もいる。


「正確な説明ではあったが、いかんせん内容に踏み込みすぎだな。上級生はまだしも、下級生では到底ついていけないだろう」


「えぇ……」


  何故だ、とばかりに驚いている彼女にこちらが驚愕する。あんなもの、専攻課程レベルだ。オレは文章エネルギーの等級あたりから説明を聞くのをやめて、世界樹の花弁で栞をつくっていた。

  セレンとシンシアはぐっすり眠っている。


「まあ、リー君の理解度が今後のこのクラスの基準となる。他の生徒はせいぜい励むことだな」


  生徒らの悲鳴で終業を知らせる時計の音がかき消された。


「 ったくあの野郎、とんでもないババ引きやがって!」


『んにゃ……なんのはなし?』


「寝坊助には関係ねぇよ」


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