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ピリピリしてますね


「うわあ、すごいね、すごいよお兄ちゃん!」


 モミジははしゃぎ過ぎて、今にも走り出さんばかりだ。東の大通りには、様々な露店や出店が立ち並んでいる。それだけではない。道の角には、色とりどりの路上パフォーマーが、その一芸で観衆を沸かせていた。街には絶えずノリの良い音楽が流され、人々の気持ちも自然と上がる。


「うわ! すごい! あれどうやってるのかなぁ?」


 道の真ん中でピエロの格好をした男が、口から次々とハトを飛び出させていた。


「んん……、述式転化ではないみたいだし、もちろん魔書契約でもない。わかんねぇなぁ」


 飛び出したハトが十匹を超えたとき、そのハトが突然色鮮やかな風船に変わった。驚きと割れんばかりの拍手が人混みに広がる。


『きゃー! ねぇねぇサクラ! 風船! もらっちゃった!』


「良かったな。楽しいのはわかるけど、肩から落ちるなよ」


 シンシアも当然はしゃいでいる。風船で喜ぶって精神年齢いくつだよ。赤い風船は、そのままシンシアを飛ばしてしまわないかヒヤヒヤしてしまう。

 午前中は、こうしてモミジと街を練り歩く予定だ。多種多様な出店や露店は、見ているだけでも飽きない。店の側も、ここぞという商機に目を血走らせている。街を歩く全ての人間が浮かれていて、学生も大人も、皇国人も獣人もない。皆が皆、幸せそうに道行く姿を見るのは嫌いではなかった。


「えー、お知らせします。生徒会長選挙予選が西闘技場でまもなく始まります。ご覧の方々は……」


 放送で流れてくるのは、メインイベントについての案内だ。


「あれ、お兄ちゃん、これに出るんじゃないの? 行かなくていいの?」


 モミジが怪訝そうに尋ねてくる。


「いや、オレの組は最後だからな。まだ先なんだよ」


 本当はずっとこうしてモミジと店を冷やかしながら楽しんでいたい。いや、むしろ本当にそうすべきではないか?あんな危ないことを誰が進んでやるかってんだ。


「っていう風にならないために、私がやってきました!」


「うお!?」


 なんと人混みの中からリーさんが飛び出してきた。いや、リーさんだけではない。その後ろにオーガスト先輩もいる。


「先輩のことですから、妹さんや、シンシアさんと楽しく遊んでいるうちに、選挙のことなどどうでも良くなってしまうと踏んでいましたが、どうやら当たりのようですね!」


 ……どうもオレは心を読まれやすいタイプのようだ。会計といい、リーさんといい、まるで我が事のようにオレの心を予測するのは、まるでタチの悪い冗談のようだ。


「さ、先輩行きますよ!」


 リーさんがオレの腕をガシリと掴んで捕獲する。


「ちょ! 行くってどこに!?」


 祭りの日でも相変わらず白い制服姿のリーさんに尋ねる。いや、もうわかっているのだが。


「西闘技場です! あなたは早めに捕まえておかないと不安ですしね! 他の方の闘いを観戦して、集中力を高めてもらいます」


 やはりそうきたか……! でも、オレはまだモミジと一緒にいたい。


「モミジちゃんのことは任せて。ねぇモミジちゃん。あっちに素人作家が書いた作品が展示されてる場所があるの。一緒に行かない?」


「え、本当ですか!」


 モミジの肩を叩いて、オーガスト先輩が誘う。またこれは二人にお似合いのスポットだな。


「ということで、先輩は私。モミジさんはオーガスト先輩がついてます。安心ですね!」


 強引に話をまとめようとするリーさんだが、


「待ってリーさん! こんな祭りの中でモミジに変な虫でもついたら……」


「私がそんなの許すと思う?」


「いえ、なんでもありません」


 確かにオーガスト先輩が一緒にいてくれるなら、彼女一人で守備力カンストだ。リーさんがオレの肩をポンと叩く。


「決まりですね?」


「はい」


 シンシアは少し不満そうだったが、オレにはもう逃げ道はなかった。





 西闘技場は簡素な石板の円形ステージを、ぐるりと即席のスタンドが囲んでいた。まだ予選だというのに、そのスタンドのほとんどが埋め尽くされている。ステージの周りにも、予選の一組目の出場者達が既に集まっていた。


「おお、結構ピリピリしてますね」


「本当だ」


 外のお祭りムードとは一変。そこは決闘者達の場所だった。入念に身体をほぐす者、精神統一を図る者、緊張を解こうと会話している者。全員がとっくに臨戦態勢である。


「あ、副会長さんもいらしてますね」


 他の出場者達とは、明らかに違う気品あるオーラを放っている副会長がいた。確か彼女も出場者らしいが、出番はまだのはず。と言うか、出場の早い遅いに関わらず、ほとんどの出場者達が集合しているようだった。どうやら皆考えることは同じらしい。そして、異彩を放つのは副会長だけではない。


「あ、あの人がカランザ先輩ですか……! 初めて拝見いたしましたが、大きいですね!」


「そんな動物園みたいな……」


 シュザ・カランザ先輩。毎年必ず選挙の上位に食い込んでくる強者だ。生徒会長が出場しない今年は、優勝の大本命の一人と目されている。身長二メートル近い筋骨隆々の男だ。ノースリーブのシャツの前を全開にして、その鍛え上げられた肉体を見せつけながら、仁王立ちしている。精神を集中させているのだろう、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。が、そのカランザ先輩に詰め寄っていく人間がいた。


「カー! 今年も一段と暑苦しいわね、カランザ!」


「……シェアラ! 何だてめぇ何しに来やがった!」


 背中に自身の背丈よりも巨大な大剣を背負った女性、シェアラ・ファーガソン先輩だ。うぐいすの鳴き声のような美しく透き通った声で、罵詈雑言をカランザ先輩に浴びせかけている。


「何しに来たって、闘いにきたに決まってるでしょ! ってか、ちょっと喋らないでよ! おーやだやだ。つばでも飛んで来たら腐っちゃう!」


「うるせえよ! てめぇこそ毎年毎年何だその格好は。舞踏会にでも出るつもりかよ。どうせ踊れもしねぇなんちゃって貴族のくせによ!」


 シェアラ先輩はフリルをたくさんあしらったピンク色のドレスを着ていた。ふらりと広がったスカートがよく似合っている。輝く金髪も綺麗に結われていた。


「どこぞの田舎者と違ってファーガソン家は闘い方も高貴なの!まあ、ただの筋肉バカにはわかんないでしょうね!」


「大剣振り回すだけの脳筋女に言われたかねぇな!」


「はぁ? それより何その顎! カビ生えてますよ、カビ!」


「あごひげだ!」


 バチバチと火花を散らす争いをしている二人だが、周囲の視線は生温いものだ。これが毎年のことなので、皆慣れてしまっているのだ。


「何だか凄く荒れていますが、止めなくていいのですか?」


 ただリーさんはそんなこと知らないので、少し心配そうだ。


「良いんだよ別に。ありゃ毎年のこと、と言うか、顔合わせる度にケンカしてるんだ、あの二人は」


「ああ、仲が悪いんですね」


 リーさんが納得したように頷く。


「いや、少し違うな」


 今なお罵り合いを続ける二人を遠巻きに見つめる。


「婚約者同士なんだ、あの二人。言っちゃえば痴話喧嘩だ」


「ええ……?! 全くそうは見えないんですが」


『誰が痴話喧嘩だ!!』


 聞こえたのか、顔を真っ赤にして二人が訂正してくるが、それすらも息ぴったりだ。そりゃ周囲の視線も生温くなる。


「ま、そういうわけだから、気にしなくていいよ」


「はぁ……」


 オレの痴話喧嘩発言で気まずくなったのか、急に借りてきた猫のように先輩二人は静かになってしまった。まあ、あれも毎年の恒例行事のようなものだ。

 すると、鐘の音と言うより、目覚まし時計のような音が突如会場に響き渡る。よく見ると、特設ステージの中央に、一人、紳士服を着た人間が立っていた。


「はーい。ただいまから第二百七十八回皇立図書士官学校生徒会長選挙予選を始めるヨ。審判にはボク、レイ・ドラグスピアが務めるからネ!」


 中央でくるくると回りながらマイクで挨拶するのは、ドラグスピアさんだ。黒い紳士服を着ているので、今は男性なのだろう。


「さあ、一組目の出場者は疾く疾くステージに上がってきてネ! ルールはもうみんな知ってるだろうから割愛するヨ。ボクも早く終わらせて寝たいしネ!」


 適当すぎる。大丈夫なのか、あの人で。


「誰が一人になるまで闘い続けてもらうからネ! さあ、ゴングは……ないから次、目覚まし時計が鳴ったら開始だヨ!」


 何とも締まらない幕開けになりそうだが、出場者達は本気だ。一気に会場の雰囲気が盛り上がってきた。


「はっじめー!!」


 今年の生徒会長選挙がとうとう始まった。



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