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気を付けるように!


 お祭りムードの街をセレンと二人で歩いて、そして別れた。セレンのチームからはミスコンにも選挙にも出ずにまったり祭りを楽しむそうだ。他にも、うちのチームのように成績が悪いチームは出店なんかを出して成績を稼いだりする。それが祭りを盛り上げていくことになるのだから、学校側も中々いやらしい。


『ん……あ、ねぇサクラ。うちは去年みたいに出店はやらないの?』


 シンシアが起きてきた。


「やらない。オレは選挙、リーさんはミスコンで忙しいからな」


『えー』


「去年がそもそもおかしいんだよ」


 去年、じゃろ先輩はミスコン、選挙、出店、全てこなした。おかげでオレとセレンは祭りを楽しむどころか、目を回しそうになるほど働かせられたのだ。あれはもう思い出したくない。


『またクレープのお店やりたい』


「すまん、また来年な」


 去年シンシアが作ったクレープは不思議とよく売れた。こいつにとっては良い思い出として残っているのだろう。それはそれで良いことなのかもしれない。


『ねえ、だったら私、また甘い物たくさん食べたいな』


「いつも食ってるじゃねぇか。オレの財布が空になるくらいに」


 ポケットから財布を取り出して振る。本当にごく僅かに小銭の音がするだけだ。


『そ、そういうことじゃなくて! お祭りの時に食べるものって何でか格別に美味しいじゃない?そのことを言ってるの!』


「ああ、まあ、確かにな」


 シンシアの言う通りだ。何故か祭りの時に食べるものは美味い。たとえそれが素人の作ったものでも、無駄にバカ高い料金を支払わされたものでも、ついつい手が伸びてしまう。祭り独特のあの不思議な高揚感は、いったい何なのだろうか。


「オーライ、オーライ! ほら、もうちょっと上までだ!」


「資材足んねぇぞ! 何やってんだ」


「ほぅら! 頑張らないと、学祭に間に合わないよ!」


 街のあちこちから威勢の良い声が聞こえてくる。出店を作ったり、何か催し物をするためのステージだったりと、生徒と雇われた作業員が一緒になって作っていた。


『ねぇサクラ。あれ何かしら。あの大きな建物』


 シンシアが指差すのは空き地だった場所に新しく建てられたのであろう洋館。なんだか、新しい建物にしては、おどろおどろしさを感じる佇まいだった。


「本当だ。何だろ。すみません、この建物何すか?」


 近くにいたヒゲのおっちゃんに聞いてみる。


「おう、これかい? なんでも図書士官学校の生徒たちがチーム合同でお化け屋敷をやるんだと。なかなか気合入ってるだろ?」


「ええ、確かに」


 合同企画か。こういう大々的に催しをする場合はよくある話だが、それにしても手が込んでいる。そこそこの大きさの書動クレーンをつかって、資材を上に運んでいた。


『へぇ、面白そう。サクラ、お祭りの日は一緒に入りましょうよ!』


「気が向いたらな」


 本当に金がかかっている。こんなことが出来るチームは、皇立図書士官学校と言えど、片手で数えられるほどしかいない。感心して見上げていると、


『ねえ、あのクレーン大丈夫? 何だかバランスが取れてないように見えるけど……』


「ん? ああ、本当だ。危ねえな」


 シンシアが指差したクレーンは確かに、資材を少し斜めに持ち上げていた。ゆらゆらと揺れるそれは、今にも落ちてきそうだ。


「いけね!! あの新人何やってんだ! おーい、止めろぉ!!」


 ヒゲのおっちゃんが叫びながらクレーンに駆け寄る。がしかし、


「危ない!」


「うおあ!」


 ヒゲのおっちゃんの警告も一秒遅く、クレーンに高くつり上げられた資材、おそらくは鉄板だろうが、地面に向かって落下する!


『サクラ!』


「おう!」


 そして、そういう時に限って下に人がいるものだ。黒いローブを着た人間が、落ちてくる鉄板の真下にいた。あと少しで鉄板が黒ローブを押しつぶす、その一瞬手前、オレとシンシアが生成した水流が、板を弾き飛ばした。けたたましい音がして、板は洋館の壁に激突し、地面に落ちた。


「おい、あんた大丈夫か!」


 黒ローブに駆け寄る。


『ひぇ、こわやこわや……』


 頭を守るようにしてうずくまっていたそいつは、よく見るとローブではなくボロ布を頭から被っただけの、ひどく見すぼらしい格好をしていた。随分年も取っているようで、頭もヒゲも、真っ白になっている。


「すみません、こちらのミスで危ねえ目に。お怪我はありませんかい?」


 ヒゲのおっちゃんも遅れて駆け寄ってくる。黒のボロ布の老人の肩に手を置く。


『へぇへぇ。大丈夫ですよぅ』


 確かに老人の言う通り、怪我はないようだった。すると、


『どうした、何事じゃ! なんかすごい音がしたぞ!』


 建設途中の洋館から、なんとじゃろ先輩が駆け出してきた。


『げっ! タコ女! 何やってんのよ!』


『何があったのかと聞いておるのじゃ! 怪我人でもおるのか!?』


 どうやらこのお化け屋敷の企画者はじゃろ先輩のようだった。いつもの青い東洋風の着物の上に、安全第一と書かれた黄色いヘルメットをかぶっている。


「すみません、うちの若いもんのミスで資材を上から落としちまったんですが、こちらの兄ちゃんが助けてくれたんです。怪我人はいませんぜい」


 ヒゲのおっちゃんが説明する。


「でもこちらのご老人が危なかったのは事実で……ってあれ?」


 だが、最後まで言葉を続けられない。被害者の老人がいなくなっていたのだ。どこを見回してもその姿がない。


「あれ、さっきまでここにいたご老人は?」


「さ、さあ。オレも知らないうちにいなくなってて……」


 オレとおっちゃんが二人で狼狽える。確かについ先程までいた人物が煙のように消えてしまっていた。


『ふむ。とにかく怪我人はおらぬのじゃな? それならまあ良いのじゃ』


 じゃろ先輩は胸に手を当てて息をつく。流石は国主。一般人の怪我人の有る無しを一番に気にする点は素晴らしい。


『建設途中で怪我人など出ようものなら、企画が潰れてしまうかもしれんからのう』


 前言撤回。この人は自分のことしか考えていない。


『人ではなく精霊じゃぞ』


「あ、そっか。じゃなくて、人の心を読むな」


 全く、油断も隙もあったもんじゃない。周囲はまだざわついていたが、少しずつ落ち着き始めていた。そこにじゃろ先輩が手を叩いて、作業再開を促す。


『ほれほれ、皆の者、またキリキリと働くのじゃ。そして、くれーんの扱いには気を付けるように!』


「随分と手の凝った物を企画しましたね」


 じゃろ先輩に話しかける。シンシアもこの建物には興味があるようで、中をキョロキョロと首を伸ばして見回している。


『む? うむ。今年は妾は選挙に出れんからのう。出店の方に力を入れてみたのじゃ』


 じゃろ先輩は去年の生徒会長選挙の一回戦、生徒会長と激突して反則負けになっている。会場を破壊しすぎたせいだ。


『お主らも、祭りの時は寄っていくが良い。今はまだ中は見せてやれんがな』


 ニコニコと嬉しそうに笑っているじゃろ先輩はなかなか楽しそうだ。これは入るしかないようである。


「ええ、じゃあ楽しみにしてますよ」


『うむ。背筋が凍るどころか、脊髄破壊する程の恐怖を約束しよう』


「入りたくなくなってきた」


 手を振って洋館を後にする。すると後ろから最後にじゃろ先輩が声をかけてきた。


『お主の生徒会長選挙も楽しみにしておるぞ!』


 じゃろ先輩にまで知られているのか。ということは全校中が知ってることになる。


『これは、頑張らないといけないわね』


 シンシアが一人気合を入れている横でオレは、げんなりした表情を隠せないでいた。

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