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へいへい


「いやあ、ホントに読むの早いね、あんたの妹。もうあと一冊だよ」


「あれでしっかり内容頭に入ってるんだから、兄としても驚きです」


 時刻はもう夕食前。まだ外は少し明るさが残っていたが、だいぶ時間が経ってしまっていた。今、オレ達はオーガスト先輩の自宅のリビングにいた。そこでモミジは、一心不乱にノートを読みふけっている。


「けど、オーガスト先輩もすごいですよ。まだこんなに書き溜めてあったなんて」


「あんたとシンシアに見せてたのは、出来た中でも一番良かったやつだけだからね」


 チーム299の個室で、オーガスト先輩に、先輩のノートをモミジが読んでしまったことがバレた時、オレはてっきり先輩が激怒すると思っていた。だが、現実は全く逆で、先輩はむしろ喜んだのだ。


「あんた達って、面白いとは言ってくれるけど、そんなに悪い所とかは遠慮して教えてくれないことが多いでしょ?最近それが物足りなくなってきてて」


 つまり、オーガスト先輩の情熱を少し見くびっていた。真に成長したい望む人間は、賞賛ではなく、批判や指摘を求めるのだ。


「てか、自作品読まれたことで怒るって、どんなやつよ」


「いや、昔はあなたそうでしたよ」


 しかもそれから二ヶ月と経っていない。まさかこんな風に成長しているとは思ってもみなかった。


「あの、すみません。全部読み終わりました」


 先輩と話していると、モミジが小声で教えてくれた。オーガスト先輩の自宅に連れてこられて二時間弱、二十冊以上あったノート全てを、モミジは読了してしまった。


「そう、ありがとう。それで、どうだった?」


「ちょっと待って下さいよ」


 今日もモミジとディナーの約束をしている。予約していた時間はすぐそこに迫っていた。感想発表は別の機会にして欲しい。


「大丈夫。キャンセル料は私が払う」


「いや、そういうことではなくて。モミジもお兄ちゃんとご飯食べたいよな?」


 お腹も空く頃合いだ。


「え、でも私は読み終わったすぐの気持ちをフィオさんに伝えたいよ」


「ええ」


「決まりだね。夕食はうちで食べていきなよ」


 妹にフラれた。ことの他ショックだが、オーガスト先輩の手料理が食べれることを思って、何とか持ち堪える。


「それでどうだったかな。書いた私的にもイマイチな作品も読んでもらったんだけど」


 リビングの中央にデンと構えるソファに座るモミジと、その側の床に座りこんでるオーガスト先輩。これではどっちが年上かわからない。


「えっと……」


 モミジもそのことが気になったのだろう。少し気まずそうに居住まいを正す。だが、オーガスト先輩の目がひたすらに感想を促してくるので、諦めたようだ。軽く息を吸い込んで、一気に話し始める。


「やっぱり面白いです。とにかく王子様が完璧なのと、ヒロインが少しドジっ娘っぽいのがいいバランスになっていて、コンビとしてもとても良いと思います」


 これはオーガスト先輩の作品の特徴だ。今回オレが読んだことのないノートもたくさんあったが、それも同様に言えることだったのだろう。


「モミジちゃん」


「は、はい?」


 だが、ここで先輩がモミジを遮る。


「良いところを言ってもらえるのは嬉しいんだけど、今回はなしで。悪いところとか、直したらいいところとかを教えて欲しいの」


 先輩の目がマジだ。瞳は爛々と輝き、表情は初めて見るくらいイキイキしている。


「なんだか、すごいやる気ですね。またコンテストに出すんですか?」


「うんそう。でも、そろそろ一次選考くらいは突破したいのっ!」


 なるほど。それが執拗に感想を求める理由か。作品は誰かに読んでもらえることで成長する。オーガスト先輩にもそれがわかってきたようだ。


「だから、遠慮なく言って欲しいの!」


 やはり先輩は、自分の小説のことになると人が変わる。普段の冷めた雰囲気はどこえやらだ。


「わ、分かりました。それじゃあ、私も本気で言わせてもらいます」


 モミジも表情を引き締める。この子も本のことになると普段と少し変わるみたいだ。兄としては嬉しい発見である。


「やっぱり視点の切り替え点は少し違和感があります。ヒロインが話してたと思ったら、突然王子様に変わってたりして、ついていけないところが多々あります」


「ふむ」


「あと、それと少し似てるんですが、キャラのセリフです。複数人で会話してる時なんか、誰が話しているのか、よく読まないとわからない時があるのも注意です」


「ふむ。キャラが立ってないのかな」


「いえ、キャラは十分魅力的です。なので単純に技術と工夫の問題だと思います」


「なるほど」


「それから……」


 すっかり女子二人が小説トークに熱中してしまって、オレとしては少し手持ち無沙汰だ。ここは他人、しかもオーガスト先輩の自宅だし、勝手にウロウロすることも出来ない。そうなると、自然とシンシアと会話したくなってくる。


「おい、シンシア」


『何よ』


「オレとおしゃべりしようぜ」


『はあ? 普段私から話しかけても無視したりする癖に、都合のいい人ね。でもちょっと黙ってて。私今ノート読んでるから』


 シンシアは本から出てきたからずっとこの調子で先輩の作品を読み続けている。どうやら、モミジの速読に対抗心を燃やしたようで、話しかけてもなかなかつれない。


「はぁ」


 となると、結局オレ一人、何もやることがなくなってしまう。いつもなら喜んで受け入れる状況だが、何だか今日は、せっかくモミジがいるのに勿体無い気がしてしまう。仕方ない。二人が話し疲れるまでオレはのんびりさせてもらおうかな。

 先輩に借りたクッションを椅子がわりにして、深く座り込むと、その辺に散らばった先輩のノートを開いて、ペラペラとページをめくり始めた。








 結論から言うと、二人は作業に疲れることはあっても、飽きることはなかった。モミジの残り滞在期間全日を使って、オーガスト先輩の作品のブラッシュアップが行われた。

 当初のオレの課題探しも、どこかに放り捨てられ、二人はせっせと次のコンテストに出品する作品作りに勤しんでいた。ちなみに、この結末に一番肩透かしを食らったのはオレではなくリーさんである。


「本当に、ミナセ先輩が初めて課題に前向きになって下さったのに……」


 彼女はオーガスト先輩とモミジが何をしていたのか全く知らない。事情を知っているオレですら、二人にはついていけず、そっと見守ることしか出来なかったと言うのだから、リーさんなどは完全に蚊帳の外である。


「それじゃあ、お兄ちゃん、ちゃんと時々手紙を書いて、状況を教えてね」


「ああ、わかってるよ」


 チーム299の個室に、モミジが最後のあいさつを伝えにきていた。本当なら駅まで見送ってやりたかったのだが、リーさんがとってきた課題の準備が忙しく、それが出来なかった。


「また、いつか遊びにきてね」


 ここ数日で見事に作品を書き上げたオーガスト先輩は、目の下にクマが出来ていたが、それでも表情は明るい。


「はい。楽しみにしてます」


「また道中気をつけてくださいね」


「は、はい。あ、ありがとうございます」


 リーさんと話す時は、まだモミジは少しぎこちない。だが、それでも、


「あの、皆さんとお会いできて、本当に楽しかったです。絶対、絶対また来ます」


 顔を真っ赤にしながら、少し手を震わせながら、それでもモミジは気持ちを伝えようとする。


「おう」


「うん」


「はい!」


 モミジの頭をクシャリと撫でてやる。あんなに人見知りで、引っ込み思案だった妹も、こうして少しずつ成長している。先輩も、そしてリーさんも、みんなみんな、毎日を糧として、その姿を変化させていく。

 オレはどうだろうか。こんなに素晴らしい人達に囲まれて、成長出来ているだろうか。最後に一礼して部屋から出ていったモミジの背中を思い出しながら、そんなことを一人静かに考えていた。


「こら先輩! 手を動かして下さい!」


「へいへい」


 もうすぐ前期も終了する。

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