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もっと感想聞かせて!


「きゃあ!!」


 いきなり時間が動いたかのようにモミジが叫ぶと、ノートを持ったままオレの背後に隠れる。


「えっと、あの、これは……」


 ヤバい。何と言い訳したものだろうか。いや、言い訳できる状況か? オレとモミジの距離感、机の上に広げられたノート。そして、その中の一冊を抱えて隠れるモミジ。はい、詰んだ。詰みました。


「オーガスト先輩、この子はオレの妹のモミジ。モミジ、この人はオレのチームメイトの先輩、オーガスト先輩だ」


 とりあえず他己紹介してみる。だが、オーガスト先輩は固まったままだし、モミジはおそらく先輩の見た目に怯えてしまって声が出せないでいる。よく見りゃただの美人だが、ピアスやタトゥーはやっぱりぱっと見では怖いものだ。


「あ、ああ、ああ、そう。この子がね、わかった。この子が。よろしく。私はあんたの兄貴の先輩、フィオ・オーガスト」


 意外にも、先に動いたのはオーガスト先輩だ。怒るでも暴れるでもなく、ちょっと不自然だったが、改めて自己紹介する。


「あの、えっと、その、うう……」


 対してモミジも何か言おうと頑張っているのだが、結局オレの後ろに隠れてしまった。


「す、すいません。妹はかなりの人見知りでして」


「いいよ、リーから聞いてる」


 ナイス! リーさんナイス! オーガスト先輩はこういうウジウジというか、引っ込み思案な娘が嫌いっぽいので、これはかなり助かった。


「で、二人で何してたの?」


 しかし、ギラリと先輩の瞳が光った気がした。すっと肩なんか回しちゃって、やる気満々かよ。


「いや、あの、オレの、オレの! 知り合いが! 書いた小説を読んでました。いや、オレが勧めたとかじゃなく、モミジが知らない間に読んでたので!!」


 これでまだ作者が先輩だと言うことはバレてないことが伝わったはずだ。先輩が冷静ならばの話だが。


「そう」


 少しうつむいた先輩の表情はわからない。魔女裁判の判決を待つ気分だ。


「それで、モミジちゃん、読んだ感想は?」


 標的がモミジに移った! これは失策だった。モミジは割と辛めな評価が多い。オレから見てもまだまだ詰めの甘いオーガスト先輩の作品など、ケチョンケチョンにしてしまう可能性がある。そうなれば先輩が激怒するのは火を見るよりも明らかだ。


「えっと……」


 モミジはオレの背に隠れながらも、何か答えようとする。いや、ここは頑張らなくていいよ! ずっとオレの後ろで静かに沈黙を守っていてくれ!


「す、すごく面白かったです……」


 オレの想いは虚しく、モミジはポツポツと話し始める。おお、あのモミジが、初対面の、それもこんなに怖そうな人相手でも会話しようとしている。兄として妹の成長に思わず頬が緩むが、それ以上に今は、何かまずいことを言わないがドギマギしてしまう。


「王子様も、かっこいいですし、お話もどんどん進んで、全然飽きがこないですし……」


 しかも、かなり評価が高い。何がモミジの琴線に触れたのかはわからないが、ポジティブな感想が次々と出てくる。オーガスト先輩の頬が嬉しそうに赤く染まっていく。


「でも、このお話は本には出来ないかな、と思います」


 この一言で、室内の空気が変わった。

 明らかに空気が変わった。それはこの空間だけでなく、ポツポツと小声で話す、モミジの雰囲気の変化でもあった。


「視点の切り替えが分かりづらくて、読者がお話に入り込みづらいです。それに、人物や風景、建物とかの描写が少ないから、状況もなかなかイメージ出来ないですし。あと、語彙が不足気味なのか、似たような文章が散見されます」


「ちょ、ちょっ!?」


 いきなりの反転攻勢、心なしか声もシャンとして力強い。そして何より、場外へのダメージもでかい。襲いくる濁流の如き批判の量は、フォロー不可能な勢いだ。

 しまった。モミジは上げて落とすタイプか。ここ数カ月会ってなかっただけで妹のクセを忘れているなど、兄としても失格だ。だが、今はそのことに落ち込んでいるヒマはない。


「モミジ、ストォップ! ストォップ!!」


 両手をバタバタさせて、なおも辛辣な感想を述べ続けるモミジの話を打ち切る。


「え? う、うん……」


 流石にオレの行動を不審に思ったのだろう。モミジも口をつぐむ。だが、それでももう遅いと思われた。

 オーガスト先輩の方を恐る恐る振り返る。先輩は、立ったままうつむいていて、表情はわからない。だが、バックにゴゴゴゴという効果音を付けたい雰囲気だ。


『ん、あれ、みんなどうしたの? 怖い顔しちゃって』


 そして目覚めるオレの精霊。役に立たないが、タイミングだけは完璧な奴だ。


「モミジちゃん、だったね?」


 空間を震わせるようなオーガスト先輩の声は、不思議と平静を保っているように思えた。いや、だがこれはフリだろう。おそらくここから先輩の怒りの鉄槌がオレに振り下ろしされるのだ。そうなった場合、モミジだけは何としても逃してやらねばならない。


「は、はい」


 先輩の問いかけに、モミジは小さく返事する。室内の重たい空気を感じとったか、その声はかすかに震えていた。

 一応、モミジを守るようにオレがそっと背中に隠す。だが、それは全く無駄な行為だった。そもそもの、オレとオーガスト先輩の格闘技術の差を考えれば、当然行為ことだったが。

 オレの視界から、フッとオーガスト先輩が消えた。と思ったら、彼女はオレの背後、回り込んでモミジの後ろに立っている。


「え?」


「なっ!?」


 そして、


「モミジちゃん、もっと感想聞かせて!」


 跪いて、モミジの手を取っていた。

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