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もう、読んじゃったよ?


「ううん、ないなぁ」


「あるわけないじゃん」


 日付変わって本日昼休み、オレとオーガスト先輩は公課題を受けに来ていた。


「比較的簡単で、すぐに終わって、なおかつあんたが活躍出来る課題って。要求が高すぎるって」


「高かろうが何だろうが、あってくれないと困るんですよ」


 モミジには、オレがきちんと仕事をしていると思わせておかないといけない。そのために、やはりどうしても課題が必要なのだ。


「ただでさえ公課題はめんどくさいのが多いんだから、お、これなんか良いんじゃない?」


「どれですか!?」


「ドラゴンの亜種の退治。五日以内」


「無理に決まってるじゃないすか! 真面目にやって下さいよ!」


 現状、オレ達のチームは一般の課題が来ることは望み薄なので、何とか公課題からそれなりのを見つけないといけないのだ。目を真っ赤に血走らせて公課題のリストをめくっていく。今回のオレの事情は既にチームの二人には話してある。オーガスト先輩は協力に難色を示したが、賛成してくれたリーさんとの多数決で渋々従ってくれている。オレもそうだが、リーさんも近頃大分手段を選ばなくなってきたな。


「もういっその事、あのドラグスピアって人に公課題作ってもらったら? あんたら仲良いんでしょ」


 いわゆるマッチポンプみたいなものだ。


「甘いですね、オーガスト先輩。そんなのいの一番に思いつきましたよ。でもリーさんも流石なもので、先回りされてドラグスピアさんは抑えられてしまってます」


「水面下で攻防があったわけか」


『なんか、本末転倒な気がするわ』


 あとは他のチームに課題を回してもらう、という手もあるにはあるのだが、これは学校側から禁じられており、なので'返し”というものが存在するわけだ。


「くそ! 何でないんだよ、お手軽課題!」


『ダメ人間ってこうして形成されていくわけね』


「私も、こうはなりたくないね」


 結局、リスト全てをチェックしても、良さげな公課題は見つけることは出来ず、先輩と二人チーム299の部屋に帰ってくることになった。予想はしてたが、してただけでその時の対策とかは練ってた訳ではないので、これで手詰まりである。


「別にさ、あえて課題してるとこ見せなくても、普通に勉強してるところを見せれば納得するんじゃない?」


 この際そうするしかないか。しかし勉強ねぇ。最後に自主勉強をしたのはいつのことだろうか。リーさんのいない部屋に二人で席に着く。そして机に突っ伏した。


「そ、それよりさ、これ、なんだけど……」


 オーガスト先輩の口調が少し変わった。突っ伏した姿勢のまま顔だけ上げてみると、やはり例のノートだった。


「また書いてきたんですか。相変わらず筆だけは速いですね」


「だけって言うな。だけって」


 オーガスト先輩の隠れた趣味、ロマンス小説の執筆を知って以来、オレはこうして時々オーガスト先輩の作品を読ませてもらっていた。文法とかは結構いい加減な点も多いが、普通に楽しんで読む分には十分面白くなってきている。シンシアなんかは気に入ってしまって、最新話を楽しみにしているところもある。ペラペラと軽くページをめくりながら斜め読みする。


「先輩、この王子様の完璧具合はどうにかなりませんか? いい加減ウザいんですけど」


「あんたのそれ、ただの僻みじゃん。いいの王子様なんだから」


 頬杖をついて苦笑いするオーガスト先輩。最近は読まれることにも慣れてきたみたいで、変にビクビクしたり、オロオロしたりしなくなってきた。プシュッと片手でプルタブを開けて缶ジュースを飲む姿に余裕すら感じる。

 全体にさらっと目を通してから、本腰を入れて読む態勢に入る。シンシアはまた眠ってしまったので、起きてくるまでには読み上げておきたい。


「あ、ごめん。私ちょっと席外すから」


「はい」


「他の誰にも見せたりバラしたりしちゃダメだからね?」


「はい。わかってますよ」


 オレに強く念押しして、オーガスト先輩は足早に部屋を出ていってしまった。なんの用事だろうか。飲みかけのジュースもそのままだ。これは、一部のコアなファンに売れそうだなとゲスいことを考えてみるが、今はそんなことどうでもいい。読書に集中しよう。もうすぐ夏休みだ。先輩の作品も、夏を感じさせる内容になっている。

 それからどれくらいの時間が経過しただろうか。結局オーガスト先輩は帰って来なかったな。読み終えたノートを持ったまま、グッと背伸びをする。思わず肩が凝ってしまうほど読まされている。先輩も腕を上げてきているな。これならコンテストの一次選考くらいなら突破するんじゃないだろうか。さて、そろそろシンシアにも読ませてあげなきゃな。


「おい、シンシア起きろ。オーガスト先輩が新作持ってきてくれたぞ」


「え、しーちゃんって本の中にいる時ってずっと眠ってるの?」


「いや、寝てると言うか、活動してないと言うか。まあ、寝てるって解釈で間違いはないかな」


「へぇそうなんだ。しーちゃんのことって結構知らないことが多いのよね」


「まあ、モミジは一緒にいた時間が……モミジ?」


 あれ、オレは一体誰と話して……っておい!


「うおお!? モミジ!? いつからそこにいたんだ!?」


「え、三十分くらい前からかなぁ。お兄ちゃん、何か真剣に読んでたから声かけなかったんだけど、ダメだった?」


「いや、ダメって言うか」


 とにかくビックリした。なんだこの妹。暗殺者とか向いてるんじゃないか?昨日とはまた違った黒っぽいシャツにジーンズというちょっと男の子っぽい格好をしている。


「それよりもこれ、面白いね! お兄ちゃんのお友達が書いたの?」


 ニコニコ笑いながら、オーガスト先輩のノートを掲げるモミジ。


「よ、読んだのか?」


「うん。途中からだったけど、すごく面白かったよ。だからお兄ちゃんが読んでるやつも読みたいな」


 オーガスト先輩が今日持ってきたノートは四冊。そのうち一冊が新作だった。つまり、モミジはオレが一冊読んでる間に三冊読み終えてしまったことになる。相変わらずとんでもない速読だ。しかし、


「いや、ちょっと待ってな」


 不味いことになった。オーガスト先輩には他の誰にも見せるなと厳命されているノートを、こうも簡単に読ませてしまっているとは。迂闊だった。今日リーさんは用事で部屋に顔を出さないと知っていたから油断してしまっていた。イヤな汗が流れる。困ったオレは、モミジにノートを渡せない。


「もう、なんで意地悪するの?」


 だが待て。モミジはこれを誰が書いたか知らない。それどころか、その「誰」がわかったとしても、それすらわからない。つまりこれは、オーガスト先輩の命令を破っていないと最早同義ではなないだろうか。いや、きっとそうだ。そうでないとオレが死ぬ!


「いや、実はなモミジ。これはお兄ちゃんの知り合いの人が書いたものなんだけど、その人、あんまり他の人には読ませたくないみたいなんだ」


「ええ? でもそれじゃあ小説の意味がないよ。せっかく書いたんだから誰かに読んでもらったら方が良いと思うな」


 激しく同意だ! どうもオーガスト先輩は自身の作品を未熟故に読んで欲しくないみたいだが、オレは未熟だからこそたくさんの人に読んでもらうべきだと思う。どっちが正しいとかはともかく。どうやらモミジもオレと同じ意見のようだ。流石は血の繋がった兄妹である。


「いや、お兄ちゃんもその通りだと思うよ。けど本人がイヤって言ってるものを無理に広めるわけにもいかないだろ?」


「うーん、まあそうだね」


 よし、モミジは物分かりの良い子だ。これだけ言っておけば、変にゴリ押ししてくることはないだろう。


「でも」


 モミジが何か言いかけた時、後ろの扉のドアノブが回ったことを、オレは視界の隅で捉えていた。カチャリ、と小さな音がして、


「ごめんミナセ。ちょっと思ってたより用事が長くかかっちゃって……」


「もう、読んじゃったよ? 私」


 絶妙のタイミングで、オーガスト先輩が帰ってきた。出て行った時と変わらず両手に何も持っていない。一体何をしていたのだろう。オレに何か言いかけたままの表情で固まってしまっている。モミジもモミジで、突然の乱入者に頭の整理が追いついていないようだ。そっと後ろに振り返ったまま、おそらくオーガスト先輩を見つめている。その表情はわからない。

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