兄妹だと思われる!
「間も無く、サイウェスト発列車が到着いたします。お乗りのお客様は、足元の黄色いラインまでお下がり……」
「きた!」
「まだ来てませんから。落ち着いて下さい」
いや、もう来るって言ってるってことは来たってことじゃん。
『違うから。落ち着きなさい』
線路の彼方から、少しずつ緑色の車体が大きくなってくる。まるでオレを焦らすかのように近づいてくるそれに、お預けをくらった犬の気分がよくわかる。
「レーゼツァイセン。レーゼツァイセン。お降りのお客様は……」
プシュ! ガコン、と機械音がして扉が開く。止まった列車から、次々に人が降りてくる。そんな中、一際輝く存在があった。
「モミジ!」
「っ! お兄ちゃん!」
オレの声に気付いたモミジが、車輪付きの荷物ケースを引いて駆け寄ってくる。
明るい黄色のワンピースに、黒いレギンス。足元の茶色い靴は、じじいお手製の歩き易さ重視の靴だ。日よけにかぶったのであろうつばの広い白い帽子がよく似合っている。綺麗に撫で付けられた腰まである長い黒髪が美しい。オレを捉えるクリクリした黒目は、喜びに満ちていた。
「モミジ! よくきた! お兄ちゃん心配で……グハッ!」
オレの抱擁をひらりとかわし、振り向きざまに持っていたカバンで顔面を殴られた。
「ちょ! なにするんだモミジ!」
「何で髪の毛白いままなの!? 悪目立ちするから黒く染めてって言ってるじゃない!」
「いや、まあそれはともかくとして。ほら久しぶりの兄妹の再開なんだ。ハグしよう」
「いや!」
お互い全く取り合わない。そこにリーさんが困ったような顔で割って入る。
「あの、一応まだプラットホームですから、そういうのはまた後ほど……」
「ひっ!?」
すると途端にモミジはオレの背中に隠れてしまった。怯えるような態度でじっとリーさんを見つめる。
「あの、えっとこれは」
『リーさん』
モミジの動きに戸惑いを隠せないリーさんに、シンシアが告げる。
『モミジはちょっと人見知りなところがあるの。慣れるまでこんな感じだけど、気を悪くしないであげて』
「ああ、そういうことでしたか。あの、初めまして。モミジさん。私は先輩、お兄さんのチームメイトのチウシェン・リーと申します。同い年ですので気軽に接して下さいね」
「……じめまして」
いや待て。モミジの年齢を教えた覚えはないぞ。この様子だとじじいの年まで知ってそうだな。リーさんの自己紹介にモミジも小さく返事をする。
「モミジ! 成長したな! 初対面の人に挨拶が出来るようになるなんて」
「お兄ちゃんやめて! 兄妹だと思われる!」
「兄妹なんだからいいだろう!」
「なんかもう、先輩のテンションが極めて面倒くさいんですが」
『しばらくこんな感じよ。諦めて』
そういえばシンシアは、ずっとリーさんの肩の上に乗っているのだった。
「うわぁ! 世界樹って本当に大きいねぇ!」
見上げるモミジは背をそりすぎて後ろに倒れそうになる。
「列車の中から見なかったのか?」
「うん。列車っていい感じに揺れるのね。眠くなっちゃって」
くあ、と小さくあくびをしながら目尻をこする。モミジの言い分はわからなくないが、ちょっと危なっかしいな。帰りはオレがついて行った方がいいかもしれない。
「わかりますよ。私もこの街に来る時眠ってしまって、危うく乗り過ごしかけました」
リーさんが提供するのは何ともほのぼのしたエピソードだが、モミジはさっとオレの後ろに隠れて
「……ですね」
と呟くにとどめる。
「あの、私もう帰った方が良いんじゃあ」
「まあ待てリーさん」
気を悪くしている、と言うより、モミジとオレに気を使ってくれているようだ。だが、まだリーさんには帰ってもらっては困る。
「あ、あ、あ、あの!!」
意を決したように、モミジが叫んだ。かなり声が裏返ってしまって、道行く人の注目を浴びる。
「こ、これ。リーさんに……。日頃お兄ちゃ、いや、兄がお世話になってまふ!!」
かみかみのグダグダだったが、何とか言いたいことは伝わったのだろう。モミジが真っ赤になりながら、お土産をリーさんに差し出した。
「わ、私に、ですか?」
「は、ふぁい!」
目を瞑ったままコクコク頷く。そんな姿を見て、リーさんは安心したように表情を緩める。
「はい。ありがとうございます!」
笑顔で受け取ってくれたリーさんを見て、モミジも少し、安心したようだ。
「お、お兄ちゃん」
オレの後ろに隠れてしまう。そして何やら小さな紙切れを渡してくる。
「えーなになに。兄がいつもお世話になってます。手作りのお菓子です。良ければ召し上がって下さい。だってさ」
「はい。わかりました」
おそらくこれを最後まで伝えたかったのだろうが、ちょっとモミジには難しかったようだ。
「お家に帰ってゆっくりいただきますね」
「よし。リーさんもう帰ってもいいよ」
モミジのミッションは終わった。つまりリーさんはもう用済みである。
「先輩、もう少し言い方っていうものがですね」
「お兄ちゃん!」
いや、だって。
「久しぶりの兄妹水入らずなんだ。二人でゆっくりさせてくれよ」
「それはそうですけど。わかりましたよ。もう、それではまた明日! モミジさんも!」
少しプリプリしながらも、リーさんはきちんとお辞儀をして帰っていった。
「ちょっとお兄ちゃん。あんな言い方しなくても!」
二人っきりになった途端元気になるモミジに言われても説得力はない。白い帽子の上から、頭を撫でてやる。
「よく来た」
「うん」
いい笑顔だ。




