なぜ私なのでしょうか
「さて、書史学のおおまかな定義だが、これは、書動エネルギーの発見から今日に至るまでの歴史を、書に焦点を当てて考えていくというものだ。まあ、図書士としての一般常識みたいなものだな。しかし、当然侮るな。書は歴史と綿密に結びついている。執筆時の時代背景、起こった事件、これらの知識を有しているといないのとでは、任務の成果に大きな差がでる。優れた図書士になるには、豊富な知識と確かな研鑽が不可欠だ」
ここまで良いか、とコーエン先生は一旦区切りをいれる。はっきり言ってこの辺は義務教育で習うレベルだ。他の生徒も当然といった顔でうなずく。
「よしよし。では君らの理解度のすり合わせを行う。そうだな、先程発言した女生徒、起立しなさい」
はい、と小さく返事して、さっきの女の子がピシッと立ち上がる。既に男子の大半は彼女の姿に見惚れていた。
「君が理解している書史のおおまかな流れを説明しなさい。ゆっくりでかまわない。わかりやすく頼む」
「なぜ私なのでしょうか」
おっと、自己紹介の件といい、なかなか反抗的な娘だな。ただ真面目なだけの生徒というわけではなさそうだ。
「これは慣例でな。わしの話に最初に口を挟んだ生徒を指名している。目上の者にも臆せず発言できる生徒は総じて優秀で、講義がスムーズに進むのだよ。何事にも例外はあるがな」
苦笑しながらオレに視線を向けてくる。その一瞬だけ目が笑っていなくてゾッとした。恐いのでとりあえず舌を出してこたえてやった。
「ねえねえ」
セレンが耳元でささやきかけてくる。
「あの子って、サクラの知り合い?」
「え、いや、違うと思うけど……。なんだ、どうかしたのか?」
「ううん、何だかさっきからサクラの方をチラチラ見てる気がして。知り合いなのかなぁって」
確かに、起立した女生徒はオレの方を見て、は、いない。違う。あれは見てるなんて生易しいものではない。射殺すような視線でオレを睨んできている。おかしいな。オレなんかしたか? いや、講義に遅れてきただけだよな。だけってことはないのか。
そんなことを考えていると、彼女は前を向いてしまった。その時何か呟いているようにもみえたが、最後列に座っていたオレに、前列付近にいる彼女の声が聞こえるわけもなく、よくわからなかった。
「わかりました。最後にもう一つだけよろしいでしょうか」
「ふむ、何だね」
「私の名前はチウシェン・リーです。女生徒ではありません。今後きちんと名前を呼んで頂きたいです」
「良いだろう。 リー君、それでは説明を」
本当に物怖じしない娘だな。実はコーエン先生の立場がよくわかってないんじゃないかと思うくらいだ。
隣のセレンがまた話しかけてきた。
「やっぱりサクラのこと見てたね」
「あれは睨んでたんだぞ」
「知り合いじゃないなら何だろうね。サクラのファンってのはありえないし」
聞いてくれねぇ、さびしすぎる。
『恨まれてるんじゃない? 何かいやらしいことしたとか』
「んなわけあるか。おい、なんでちょっと機嫌悪いんだよ』
「認めない、か」
「え、何?」
それ以降、セレンは黙ってしまった。この子ら本当勝手すぎる。言いたいことだけ言ってたら会話になんないじゃん。かと思えば黙りこむし。まあ、いい。今からあの女の子の書史解説だ。一昨年のオレの二の舞になればいいと思いながら、頬杖をついて聞く態勢にはいった。




