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失神してるわ


 買い物から戻ってみると、部屋の空気が微妙に変わっていた。何が、とは言えないが、どうもそんな感じだ。


「ほら、買ってきたぞ。これでいいか?」


「んー? 別にもういいよ、リーちゃんが紅茶淹れてくれたしね」


「ふざけんな」


 なんなのだ一体。でもまあいい。おかげで少し良いこともあった。オレの後に続いてもう一人、長身の男が部屋に入ってくる。


「グレンカさん! 探しましたよ!」


 黒に銀色の縦ラインが入った制服をピシリと着こなす男は、少し疲れた声でリュウに話しかける。


「おぉ! 今日は早かったね!」


「そこでサクラ君とばったり会いましてね」


 そう言って肩をすくめる彼は、何を隠そうオレのおじさんである。


「リーさん、オーガスト先輩、紹介します。この人がオレのおじさんで、特務隊第二隊副隊長の、マーティン・ヒュースレイです」


「よろしく。君たちがサクラ君のチームメイトだね」


 少しくすんだ茶髪と、同色の優しそうな瞳。整った顔立ちのせいか、年齢より随分若く見える。身長もオレよりずっと高い。おじさん、と言うより、兄のように見えるかもしれない。


「初めまして。チームメイトのチウシェン・リーです。こちらはフィオ・オーガスト先輩です」


「ども」


 それぞれ簡単な自己紹介をして、リーさんは紅茶の準備をしようとする。が、それをおじさんは手で制した。


「せっかくだけど、僕も仕事ですぐ行かなくてはいけないんだ。だから遠慮しておくよ」


「固いなぁ、マーティン君は。こんな可愛い女の子が紅茶を淹れてくれる機会なんてそうそうないよ?」


「僕としては、こんなに早くあなたを見つけられる機会の方が重要です」


 役職はおじさんの方が上だが、それでもリュウの扱いは難しいらしい。


「おじさん、いつまでこっちにいるの?」


 結構重要な質問だ。


「そうだなぁ。仕事の進捗によるけど、一週間くらいかな」


 よし、意外と短い。


「その間、また時間が空いた時に稽古をつけてあげるよ。安心して」


「いや、安心というか」


 このおじさんは、何故かオレが稽古をつけてもらいたがっていると思っているのだ。おじさんの言葉に、リーさんがピクリと反応する。


「え、あ、あの、それでしたら……」


「もちろん、チームメイトの君たちも、良ければお相手するよ」


 にこやかなに答えるおじさんの言葉に、リーさんの顔がパァっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


「これって、私も稽古受けなきゃいけない流れ?」


「おそらく」


 うぇ、とオーガスト先輩は気だるそうにうめく。

 その後、のんびり紅茶のお代わりを所望するリュウを、おじさんが引きずるようにして連れていって、会談は終了した。


「やりましたよ先輩! 私たちも稽古をつけて下さるなんて!」


「嬉しそうだね、リーさん」


「そりゃもう! だって特務隊の、しかも副隊長さんですよ? 嬉しいに決まってるじゃないですか!」


 第一隊から第五まである特務隊は、それぞれ専門分野があり、その中でも第二隊は、違法図書士や凶悪犯罪者を追う、対人戦闘のエキスパートたちだ。真面目な士官学校生なら、是非とも稽古をつけてもらいたい対象だろう。


「ねぇ、それってやっぱ私も行かなきゃダメ?」


 オーガスト先輩はまだ言ってる。


「おそらく。リュウはともかく、おじさんは稽古つけたがりなところがありますからね。そのつもりだと思いますよ」


「ふざけんな、ミナセ」


 いや、オレに当たらないで下さい。先輩のエルボーが腹にささる。


「まあ、仕事の空き時間が出来たらって言ってましたし、確定ではないでしょう」


 オレのこの目論見は、当然外れるのである。







「ほうら、どうした! まだまだ時間はあるぞ!」


 約束をした日から、三日目の午後、オレとリーさんは、おじさんに稽古をつけてもらっていた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 中演習ルームの中央に、木刀を持って座りこんでいるのはおじさんだ。基礎的な体力トレーニングの後、この状態のおじさんから一本取れれば、今日の稽古は終わり、ということだった。


「ミナセー、生きてるー?」


『ちょっとサクラ! もっと頑張りなさい!』


 かれこれ二時間、オレとリーさんは二人掛かりで、座ったままのおじさんから、一本取れないでいた。


「いや、もう、本当、死ぬ……」


「まさか、ここまで攻撃が当たらないなんて……」


 リーさんは稽古の頭初から、数冊の図書を使った多角的な述式転化で攻撃を仕掛けていたが、全く歯が立たない。


「述式転化って結局本に書いてある内容か、そこから連想できる事柄しか再現出来ないからね。相手の持つ図書の内容をよく知ってれば、割と対処は簡単なんだよ」


「なるほど」


 演習ルームの隅に座りこみながら解説するリュウと、それを聞くオーガスト先輩。


「でも、それじゃあどうすればいいの?  こっちは対策出来ないじゃん」


「まあ、簡単な方法だと、ブックカバーをつけるとか、あとは隠し持っておいた図書から述式転化するとかかな」


「だってよ、リー!」


「い、いまさら言われても……」


 リーさんはバカ正直に持っていた四冊の図書全てを見せてしまっていた。ちなみに、何故オーガスト先輩が稽古に参加していないのかと言うと、「生理」と言う男からは非常に突っ込み辛い理由で休んでいるのだった。絶対うそだ。

 ただ、流石は特務隊。実戦経験が乏しいオレたちではなかなか気づかないような点を教えてくれる。


「あと、せっかく二人いるんだから、もっと連携すればどうかな」


 二時間一緒に戦ってわかったのだが、どうもリーさんとオレは相性が悪いらしい。互いに協力する意思はあるのだが、逆にその気配りが裏目に出てしまうというか。


『あ、ダメだ。ちょっとおじさん、サクラ失神してるわ』


「そうか、じゃあ休憩だな」


「終了じゃないんですね……」


 あのリーさんが泣き言を言う、大変珍しい事態だった。

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