仲良くしてあげて
サクラがいなくなったチーム299の個室は、とたんに静かになった。リーも、オーガストも、このリュウという女性を図りかねているのだ。信用していい人物なのか。これまでの行動を思い返すと、どうも胡散臭い。
「ねえねえ」
「はい?」
「二人はサクラ・ミナセのこと、どう思ってるの?」
ほら来た。やはり何とも胡散臭いのだ。
「それは、一体どういう?」
「あぁ、これもあの子の適正審査の一貫だよ。まあ、アンケートみたいなものだから、そんなに固くならなくていいよ!」
リーとオーガストは互いに目を合わせる。先に答えたのはリーだった。
「悪い人、ではないと思います。少々やる気と誠意に欠ける人ではありますが、魔書の力を悪用したりはしないと思いますよ」
「右に同じ」
「ほほう。なかなかいい評価だね」
二人の評価を聞いて、リュウは嬉しそうに笑った。
「あの子はねぇ、とにかく変わってるんだ」
机に肘をつきながら、人懐っこい表情で、サクラの話を始める。
「普通、魔書契約者、特に若い子なんかは、契約に成功しちゃうと、まるで自分が全知全能になったみたいに振る舞うもんなんだよ」
強力な魔書の力を得て増長する。よくあることだった。そのことに端を発する事件も多い。
「ミナセ先輩は、確か昔はすごく賢い子供で、近所でも評判だったとか。今は見る影もありませんが」
「ニャハハ! 言うねぇ。けど、それも仕方ないんだよ。あの子は昔、優秀である必要があったのさ。ある目的のためにね」
「目的、ですか」
リーは椅子から立ち上がり、カチャカチャと小さく音を立てながら、紅茶を準備していた。わざわざミナセを買い物に行かせる必要は、最初からなかったのだ。
「それについては言えないんだけどね。まぁ、後で聞いてみなよ。二人にだったら話してくれるかもしれないよ」
ポツポツとミナセの過去について話すリュウ。リーとオーガストも、その真意はともかくとして、単純に興味があった。
「星六魔書契約者なんて久しぶりだったからね。結構な大所帯引き連れて、あの子の所に行ったもんだけどね、完全に肩透かしだったよ。あの子、契約者になったあと、何してたと思う?」
「何って、なんでしょうか」
そんなこと言われても、わかるわけがない。
「勉強だよ。図書士学校で習うようなことを、一人で部屋にこもってガリガリやってたのさ。びっくりしたね。こんな子もいるもんだなって隊のみんなと感心してたものさ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
リーがリュウの話を遮る。片手で眉間をつまみながら、話が受け入れられないといった顔である。
「先輩が、勉強? 本当ですか? 今のあの人からは、まるで想像できないんですが」
「私も」
二人して渋い表情で疑問を呈してくる姿に、リュウは思わず笑ってしまう。
「ニャッハ、だよねぇ。考えられないよねぇ。けど、昔はそういう子だったんだよ。マジメないい子だった、んだけど……」
ある一件を境に、ね。声のトーンを少し落として、リュウは語る。
「私たち周りから見れば、何でもないことに見えたんだけど、あの子にとっては、すごく重要なことだったんだろうね。もう見る影もないって感じになっちゃってさ」
リュウが語るに、それはもう人が変わったように無気力で可愛げのない子供に成り果ててしまったそうだ。
「ミナセ先輩は今でも無気力なんですが、それは」
「ううん、今なんか良くなってる方だよ。本当、生きてるのが不思議なくらいだったんだから」
つまり、サクラには性格の三つの変化があるということだ。誰からも賢いと噂され、特務隊の図書士たちもうなる程真面目だった時期。やる気と生気をごっそり失くしてしまった時期。そして、今。
「で? それを私たちに伝えて、あんたは何がしたいわけ?」
まだ少し不機嫌なオーガストが尋ねる。そう、まだリュウの真意がわからないのだ。すると、
「仲良くしてあげて」
それは、簡潔な答えだった。
「別に、必要以上に、とか無理に、とかじゃなくて、これまで通りでいいの。あの子に普通に接してあげて欲しいんだ」
懇願するように、優しい笑顔で言う。
「あの子が少し、また変わり始めたのは、乙姫ちゃんと、セレン君とチームを組んでからかな。特に乙姫ちゃん、あの子の周りをも巻き込んで突っ走っちゃう性格は、サクラ・ミナセに良い変化を与えてくれたみたいなんだよね」
そして、
「そして、君たち。去年サクラ・ミナセと会った時よりも、ずっとあの子の表情が豊かになってる。それってきっと感情も揺り動いてるってことでしょ? それはきっと貴女達のおかげなんだ。だから、今までと同じように、ちょっと面倒臭い性格した子だけど、付き合ってあげてよ」
そう言って、リュウはサクラの話を打ち切った。
「それは……」
「おっと、もうここまでみたいだね。サクラ・ミナセが帰って来ちゃう」
ガラリと扉をあけて、本当にサクラが帰ってきた。




