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おまけで六十点


 リーさんが手前にいた男に声をかけた。


「あ?  あぁ、すごいんだよ! あの女の人、見てみな」


 そう言ってスペースを空けてくれる。そこから店の中を覗き込むと、


「うわ」


「ええ……」


 皿があった。もちろん一枚や二枚ではない。何十という数の空になった皿がテーブルの左右に積み上げられ、今にも崩れそうだ。そして、その皿の山の前に座っているのは、たった一人の女性。


「おっちゃん、お代わり! 特盛でね!」


「ちょっ、ちょっともう勘弁してくれよ! これ以上食われちまうと、夕方からの営業ができねぇ!」


「あー大丈夫、大丈夫。私は気にしないから!」


「オレが気にするんだよぉ!」


 見ている分にはお気楽な会話が、店主と女とで繰り広げられている。


「あの、まさかとは思いますが、あれをあの人一人で……?」


 引きつった表情でリーさんが男に尋ねる。


「ああ、嘘だと思うかもしれないが、あの女の人一人だ。かれこれ二時間は食いっぱなしだとよ」


「ええ……」


「うえ……。見てるだけで気持ち悪くなってきた」


 普段小食のオーガスト先輩は、見ているだけで食い気に当てられたのだろう。顔を青くして口元をおさえていた。


「フードファイターの人でしょうか?」


「いや、図書士協会の制服着てるぞ」


  女は黒に銀の縦ラインが入った図書士協会の制服姿だった。ただ、両腕と両足のすそを捲り上げ、かなりダラシなく着ている。

 燃えるような赤毛の髪を後頭部でしばっており、声から察するにまだ若い女性だ。


『サクラ、私あの人知ってるかも』


「奇遇だな。オレもそんな気がする」


 シンシアが帽子のつばを掴んで呟く。


「えぇ、ダラシないなぁ。じゃあまぁいいよ。おっちゃん、勘定は協会にツケといてね!」


「けっ、結構な額になりますけど……」


「いいよ、いいよ!  たぶん今日中には払いにくると思うから!」


 先ほどから随分と調子の良いこの女の声に、オレは聞き覚えがある。ジリ、と足を一歩引いて、後退する準備をしておく。


「さぁて、そこそこお腹も膨れたし、お仕事に移ろうかな!  でも」


 女はクルリとこちらに振り向きながら、


「なぁんで逃げようとしているのかな?  サクラ・ミナセくん?」


 呟きを聞く前にダッシュで逃げたはずだった。だが、少し進んだところで右手をガシリと掴まれる感覚を覚える。そのまま慣性の法則に従って、身体が前につんのめる。


『う、わ!』


 小さく叫んだシンシアが、オレの肩から落ちて空中に投げ出される。それをなんとかそのまま左手で受け止めた。


「あちゃあ。相変わらず精霊ちゃんには甘いねぇ」


 取られた右手を、いきなり後ろ手に極められて、倒される。抵抗する間も無く、抑えてこまれてしまった。


「はい、不合格ぅ。まったく、対人戦闘がなってなさすぎ。ちゃんと真面目に訓練受けてる?」


 オレに馬乗りになった姿勢から、ダメ出しが飛んでくる。


「そもそも、根本的な腕力が足りないんだよなっと、お?」


  しかし、それは最後まで続かなかった。女の周囲を半透明に輝く述式結界が覆ったからだ。立方体のそれは、オレを外して女だけを取り囲む。


「どこの誰だか知らないけど、何の真似?」


 そして、オーガスト先輩の右腕が突撃槍へと変化し、女の首元に突きつけられていた。


「先輩を放してください。目的は何です?」


「へぇ、これはこれは」


 述式結界と突撃槍。この二つで完全に動きを封じられたはずなのに、女は余裕の表情だ。ニヤニヤ笑いながら、値踏みするように二人を見回す。


「リーさん、先輩!  この人は……ンガ!!」


 オレが叫ぼうとしたところを頭を地面に擦りつけられて、黙らされる。


「もう一度聞きます。何が目的ですか。見たところ、協会の方のようですが……」


 その時、


「リー! うしろ!」


 突然のオーガスト先輩の声に、リーさんは瞬時に身をひるがえす。彼女の背後には、オレの背丈ほどもある巨大なハンマーが浮かんでいた。持ち主のいないそれが、大きく振りかぶられ、リーさんを襲う。


「くっ!」


 ハンマーの一撃が地面をえぐる。間一髪でリーさんは攻撃をかわしていた。しかし、集中を切らしたのだろう。女を囲んでいた述式結界が解けてしまった。その瞬間、女はオーガスト先輩の突撃槍の先端を片手で掴むと、


「え?」


 軽い手首のひねりだけで、先輩を仰向けに転倒させ、尻餅をつかせてみせた。


「腕を槍に変化させるって、見た目も威力も派手だけど、生物としての重心がめちゃくちゃになっちゃうんだよね。だからちょっと重心をズラされただけで、いなされちゃう」


 解説する女の左手に、リーさんを襲ったハンマーが吸い寄せられる。


「そして、君タチ、勝ちを確信しすぎ。相手が一人だとは限らないよー。どんな時でも油断は禁物、ということで」


 ハンマーをゆっくりと構え直し、転倒している二人に向ける。


「四十八点。まあ、反応は良かったから、おまけで六十点。あ、そうそう。サクラ・ミナセは論外ね」


 オレ達チーム299の全員が、地面に倒されたまま、唖然として女を見上げていた。

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