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誰よあなた!


「う、あの、私達吸血鬼は、月に一度くらい人間の血を飲まないといけないんだけどね」


「知ってる」


『月に一度で良いんだ』


 吸血鬼といえど、本当に血だけを栄養源にして生きてるわけではない。普段は普通の食べ物を食べて、栄養を取り入れている。ただ、詳しくは知らないが、それだけではどうしても足りない栄養を、血を吸うことで補っているそうだ。その周期が約一カ月。必要な血の量は個体によって差があるが、いずれも人を死なせるほどではなく、わずかな量らしい。この辺が吸血鬼の無害認定たる所以である。


「それが、その、ここ数日ご飯を食べてなかったのと、お財布を落としたり、兎に襲われたりしたストレスのせいで、周期が早まっちゃったみたいで……」


 ほう、そういうこともあるのか。まあ、オレだって疲れた時には好物がたべたくなる。それと似たようなものだろう。


「それで、その、怒らないでね?  人を……襲っちゃったかもしれない、です」


「ふむ」


「あれ?  怒らないの?」


「別に。かもしれないってことは、襲ってないかもしれないのか?  確定ではなく?」


 オレの反応が意外だったのか、可愛らしい顔をキョトンと傾ける。


「いや、あの、なんて言うか、意識が飛んじゃってて、よく憶えてないの。でも、目を覚ますと人が倒れてて、それで怖くなって……」


「軽い恐慌状態で飛んでて、偶然オレの部屋に入ってきたわけか」


「う、うん、たぶん」


「なるほど。眠ってたのは、よほど疲れてたってことか」


「あ、あの、どうして怒らないの? 私、結構酷いことしちゃってるどう思うんだけど……」


「いや、だから別に?  オレの知り合いを襲ったってなら怒ってたかもしれないけど、実際オレの知り合いに吸血鬼ごときに襲われるようなヤワな人間はいないからな」


 一つ、かなり御都合主義だが、思いつきがふと出てきた。


「襲った場所は? 大通りじゃないだろ?  だとしたらもっと騒ぎになってるはずだ」


「え? えぇと、すぐそこの裏通り。たくさん人がいるところは怖いから、崩れた建物で雨宿りしてたの」


「襲ったやつのことは憶えてるか?  何か特徴とか」


「そうね、なんだか紺色の制服みたいなのを着てて、そうだ!  大きな袋を持ってたわ。でも、それがどうしたの?」


「いや、ちょっと思うところがあってな。シンシア、外に出たい。ついてきてくれ」


 どうやらこれは、当たりかもしれない。


『え、いいけど、どこに行くの?』


「け、警察はやめて! お願い!」


 慌てるサシャ・エメラルドを落ちつかせる。


「大丈夫。警察は呼ばない。いや、呼ぶかもしれないが、それはお前のことじゃない」


「え?」


『それは、どういう……』


 雨に濡れないよう、傘をもっていく。服は、このままでいいか。


「少し待ってろ。オレの予想通りなら、一発逆転だ」


 この吸血鬼の少女は、最後の最後で運が良かったのだ。


「お手柄だよ」









 翌日、昨日までの雨が嘘のように、晴天となった空の下、チーム299の個室に、セレンがやってきていた。


「いや、まさかサクラが盗みの犯人を捕まえるとは思わなかったよ!」


「オレは見つけただけだけどな」


「本当、運がいいんだか悪いんだかわからない人ですね、ミナセ先輩は」


 オレの言葉に、リーさんが呆れたような声で話す。

 昨日、あのあとサシャ・エメラルドが教えてくれた場所に行ってみると、一人の男が地面に倒れており、そして、その付近に様々な種類の家具や家電が入った袋が放り捨てられていた。


「しかし、盗みの犯人が警察官だったなんて。世の中どうなってるんでしょうか」


 昨日オレが見つけた犯人の名前は、マックス・ボールド。レーゼツァイセン警察署に勤める警察官だった。


「毎日の過酷な労働に嫌気がさして、ついストレス発散にやっちゃったんだと」


 現在拘束されている犯人は、罪を認め、すらすら自白している。これまで盗まれた物も、全て犯人の自宅から見つかった。


「でも、もう少し泳がせておけば、依頼としてこっちに下りてきてたかもしれないな。そう考えると、少し急ぎ過ぎたか」


『そういうこと言ってるから信用がないのよ、あなたは』


「まあ、その方がサクラらしいけどね」


 シンシアが呆れ、セレンが笑う。去年に戻ったみたいだ。


「それでその、吸血鬼の娘はどうなったんですか?」


「あぁ、それは……」


 答えようとすると、ドタドタと外から音がして、いきなり扉がバンと開けられた。


「ちょっと愚民!  どういうことよ! あなた警察は行かないって言ってたじゃない!」


 サシャ・エメラルドが大声で文句を言いながら入ってきた。


「おう、良くここがわかったな」


 まあ、警察の人に聞いたのだろう。この吸血鬼の少女は、昨晩から警察に厄介になっている。


「何よ、白々しい!  あなたのせいで私のしたことが全部、お父様とお母様に知られちゃったじゃない!  どうしてくれるのよ!」


「しらんがな」


 どうやら、この吸血鬼の少女の来年の図書士官学校入学は、彼女の強い希望だったらしいが、ご両親はあまり良く思っておらず、それを納得させるための単身見学旅行だったのだそうだ。


「ああお終いよ!  これじゃ、二人共私のこと認めてくれないわ! きっとすごく怒ってるもの!」


 まあ、財布を落としたり、人を襲ったり、運良く盗みの犯人逮捕には繋がったが、決してプラスにはならないだろう。


「ちょっと先輩!  吸血鬼っていうから大人の人だと思ってたのに、まだ小さな子供じゃないですか!  こんな子に暴力振るったりしてたんですか、そこに座り直して下さい!」


「僕、吸血鬼って初めて見た。ねぇ、ここに十字架があるんだけど、やっぱり苦手なの?」


「うわっ!  そんなもの近づけないでよ、ていうか誰よあなた!」


「いや、リーさん、これには深い理由があってだね……」


 めいめいが好き放題喚き散らす騒がしい室内において、一人静かに読者にふけっていたオーガスト先輩は、


「はぁ……」


小さくため息をついて、そっと本を閉じた。この部屋で読者をするというのは、なかなか難しいかもしれない。悲しげな視線を窓の外に向けるのだった。

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