怒らないでね?
「何か家に連絡する手段はないのか。連絡用図書とか、それこそ電話とか」
この街も数は少ないが、電話ボックスがある。ただ、連絡用図書の方が持ち運べるし、便利なので固定電話はほとんど使われていないが。
「あ、その……一人でできるって言って、置いてきちゃった。あと、家の電話番号知らない……」
ダメだこれは。なんだか迷子の面倒を見ている気になってきた。
「じゃあ、いつから財布ないんだよ。もしかして、飯とか食べてないのか。そうだ、そもそも宿はあるのか?」
オレの問いにサシャ・エメラルドはうつむいたまま首をふる。
「あの、二日前にきて、すぐ落としちゃったみたいで……。だから宿もないし、ご飯もあんまり食べてない……」
口にすることで実感したようだ。みるみるうちに元気を失っていく。
「はあ、何やってんだよ……」
『ごめんなさい。フォローできないわ……』
シンシアと二人で同時に溜め息をつく。すると、
「だ、だって! 街に来た途端、色んな所で警報音がして、兎に襲われたり、なんかでっかい鯨が降って来たりして大変だったんだもん!」
「あ、あぁ、そうか」
二日前といえば、ちょうど火焔兎討伐作戦の日だ。なんとまぁ運のない少女だ。
『よ、よく無事だったわね……』
鯨、というのはおそらくじゃろ先輩の鯨雷弾 のことだろう。本当によく生きてられたものだ。しかし、そうなると少し事情は変わってくる。財布を落としたのは、まぎれもなく彼女の不手際だが、その状況がかなり特殊だ。オレ達図書士候補生ですら、多少なりとも取り乱したあの状況下、右も左も分からない亜人の少女に、きちんとした対応をしろというのは、流石に酷だ。
『ねぇ、サクラ……』
「うん、うーん」
シンシアの言わんとしていることはわかる。確かに、力になってあげても良いくらいには、この少女は不運だ。オレは人助けなどを積極的にするタイプではないのだが、その日の宿がない辛さはよくわかる。こうして会ったのも何かの縁だ。少しくらい力に……って
「おい。待てよ。それじゃ何でオレの部屋に浸入してるかの説明になってないぞ」
「ギクッ!」
おい。
「おいこら。お前まだ何か隠してるな。初めて聞いたぞ。自分で『ギクッ』て言うヤツ」
「いえ、その……フッ! よく気づいたわね! 低脳愚民にしてはってイタイイタイ! やめて、イタイ!」
バサっとマントをひるがえす前に武力制圧する。
「やかましいわ。吐けこら。事と次第によっちゃ、問答無用で警察呼ぶぞ!」
「わかった、わかった! 言うから! だがら離して!」
くそ、今この場にニンニクがないことをこれほど呪うことになろうとは。頭を抱えて泣きベソを書いている吸血鬼を見ながら後悔する。
「うぅ、乱暴者! これだから人間は!」
「うるせぇ。オレなんかめちゃくちゃ穏健派の日和見主義だぞ」
この少女の図書士官学校入学は、諦めた方がいいのかもしれない。オーガスト先輩なんかに会えば卒倒しちゃいそうだ。
「とっとと話してくれ。もう面倒はごめんなんだよ、本当は」
『大丈夫! 私はあなたの味方だから!』
いつの間にか、ベッドの上に移動してきたシンシアがらサシャ・エメラルドを激励する。オレの相棒は敵に回ることが多いな。
「わかった。話すわ。でも、その……怒らないでね?」
「内容による」
現段階ではそうとしか言えない。色々遠回りをしてきたが、やっと本題に入れそうな雰囲気だ。サシャ・エメラルドは、仁王立ちしたまま、厳しそうに腕を組んで、ポツポツと話し始めた。




