出てってくれ
「で? 何なんだよお前は。一体何の目的でオレの部屋にいるんだ」
吸血鬼の住む亜人特区はここから書動機関車をいくつも乗り継いだ所にある。なんらかのキチンとした目的がないと、わざわざ訪れる距離ではない。
「さあ? それをあなたなんかに教えると思って……イタイイタイイタイ!」
頭を捻り潰す勢いでわしづかむ。
『ちょっと! もう少し優しくしてあげなさいよ!』
「する理由が見当たらねぇな」
何故かシンシアがサシャ・エメラルドよりの立ち位置だった。今なお万力の如き力で頭をつかんでいる。
「け、見学にきたのよ! だから離して!」
「見学?」
『観光じゃなくて?』
力だけは抜いてやるが、頭から手は離さない。
「私は、来年から皇立図書士官学校に通うのっ! だからこれはその下見なの!」
その平らな胸を精一杯張るサシャ・エメラルドは、嘘はついていないと思われる。それに、彼女の言っていることも一応納得できた。
近年、図書士不足は皇国の大きな問題になってきている。それを解消するため、図書士育成校の門を亜人の子にも開いているのだ。ただ一つ解さないのは
「獣人はともかく、吸血鬼族にまで頼らないといけない程ではないはずなんだが……」
繰り返すようだが、吸血鬼は弱い種族だ。制約の多い彼らに、図書士の激務が務まるとは到底思えない。これからの皇国の未来が心配になる話だ。
「なんか、またあなた吸血鬼をバカにしてない?」
「バカにはしてない」
下に見ているだけだ。似ているようで少し違う。
「まあ、いい。わかった。その話は信じてやる。けど、その話のどこにオレの部屋の窓を突き破って浸入することとの関連があるんだよ」
「そ、それは、その……」
口ごもるサシャ・エメラルドは、何か事情があるようだった。だが、相手の事を汲んでやれるほど、オレにも余裕があるわけではない。なんと言ったって今、退寮の危機と背中合わせなのだ。
「わかった。もういい。話さなくていい。だから、出て行ってくれないか? 窓のことはオレが割ったことにしてやるし、お前のことも秘密にしてやる。その代わり、お前も今日のことはすっぱり忘れて、この街を見学する。どうだ?」
我ながらいい提案だ。問題にされたくなかったら、オレ達が問題にしなければいい。今日のこと全てをお互いなかったことにするのだ。
「へ、へぇ。愚民にしてはなかなかいいアイデアじゃない。で、でもね……」
もうこの際こいつが偉そうなのも目を瞑ってやる。人は時として下手に出なければならない時があるのだ。
「その、なんて言うかね……」
サシャ・エメラルドが気まずそうに両手の平をあわせてモジモジする。
「なんだ、はっきりしろ」
「……ないんです」
ポツリと呟くように話す。
「は? ないって何が」
他人の部屋に窓ガラス割って浸入してる時点で、もう色々ナイと思うが。まだ何かあるのか。
「お、お金がないの! お、お財布、落としちゃったみたいで……」
顔を真っ赤にして泣き出しそうな表情で話す吸血鬼に、威厳も何もあったものではない。
「知ったことか。オレには関係ない。出てってくれ」
「ええ!?」
『ちょっとサクラ! いくらなんでも冷たすぎ!』
女子二人から抗議の声が上がるが、これは当然のことだ。不法浸入に目を瞑ってあげてるだけでも、ありがたいと思ってもらわないと困る。下手には出るが、譲りすぎてはいけない。交渉の鉄則だ。
お互いの言い分は平行線で、このままだと、何も進展しなさそうだった。




