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救世主、始めませんか?  作者: アーネ
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1-1 9:00 勤務開始

久しぶりにお話を書きたくなって。ちょっとだけ付き合ってくれると、うれしいです。

 目が覚めると私は異世界にいた。私が住んでいたトウキョウとは打って変わって、あたりは緑があふれている。深い森の中だ。巨大な樹木が天を貫き、幹のような根が地面を覆っている。

 遠くで獣が吠える声がした。激しく怒る上司の声にどこか似ている気がして背筋が凍った。それに触発されたのか。反射的に腕時計を見て現在の時刻を確認した。時刻は9時30分。業務開始時間の12時00分にはかなり余裕をもって到着することができた。指定時間への渡航に成功していたことにまずほっと胸をなでおろす。自社のタッグを組んでいるポンコツ魔術師は時折、世界渡りの術式を間違える。そのせいで何度上司やお客様にお叱りを受けたことか。

 立ち上がり、まずはこの世界の取引相手を探して森の中を歩くことにした。今日の業務は営業だ。ひとまず人に会わないことにははじまらない。営業を構成するのは人だと上司が口酸っぱく言っていた。

 「営業に大事なのは人だ。人を大事にするには礼儀だ。礼儀さえあれば、商品なんて言うのは、あまり関係がない」よく大声で怒鳴り散らす部長の矜持だった。

 しかし、業務をしようにも、肝心の人がいない。最初からすぐ現地人に会えるとは期待はしていなかったが、本当に深い森に迷い込んでしまっているようだ。しばらく歩いたが周りは巨木の連なる迷宮だ。見慣れない蝶や、トカゲを時折見ることはあっても人と出会う気配すらない。まさかトカゲや蝶に営業をするわけにもいくまい。ただ同業者の誰だかはトカゲと「契約」を交わしたとかいう噂を聞いたことがある。なんでもその世界ではトカゲ、もといドラゴンが人間を支配しているらしい。世界は広い。世界の数だけ、世界がある。当たり前のことだが。

 

 時刻は10時30分、1時間ほど歩いて、私は初めて人と出会った。お揃いの黒ずくめのフードを頭からすっぽりとかぶった一団だった。馬車が何台か止まっている。馬の足を止めて、火を起こして休憩をしているようだ。人数は10人ほど。馬の後ろには大きな白いテントが引かれている。時折汚い笑い声が聞こえてくる。巨木の陰から探りながら私はため息を吐いた。

 「最初に出会う現地人がこれか……。先が思いやられるな、こりゃ」

 おそらくは盗賊だろう。火の回りの男たちの腰には小さなキラリと光るものがつられている。距離が遠くて正確には見えないが、短刀だろうか。

 「ありゃ道を尋ねたらそのままあのテントいきだな。退散、退散っと」

 この仕事をしていると荒事に巻き込まれることが多い。この前の仕事では盗賊につかまり死ぬ一歩手前まで行ってしまった。仕方がないので無許可で魔術を使ってその場を逃れたのだが、後で部長にひどいお叱りを受けてしまった。

 その反省を生かし、彼らに気が付かれないように遠回りをして森の外を目指すことにした。幸い森の切れ目が見えている。目算だとあと30分も歩けば、森から出れそうだ。盗賊と思われる団体に背を向け、歩き出そうとすると突然、右足に激痛が走った。

 「痛ッ」

 思わず声を上げる。視線を右足に移すと、そこには足にがっちりと食い込んだトラバサミがあった。なんでこんなものがあるのか。動揺を隠せなかったが、この後に起こるであろう恐ろしいことを考えると逆に冷静になることができた。こんなところにトラバサミがある理由は1つ。対象はさまざまだろうが、行動は一つ。「狩り」のためだ。

 トラバサミを腕力だけで外す。少々力めばとれる程度のトラバサミだった。足へのダメージは大したことはない。どちらかというとスーツが破けてしまったことによる財布へのダメージのほうがよっぽど大きいだろう。まあ、一番の問題ダメージは、先ほど大きな声を出してしまったことなのだが。

 背後で大勢が立ち上がる音がした。金具のこすれる音。地面を踏み、駆け出す音。まずいな。こちらも駆け出した。

 「まったく。いきなりサービス業務か……」

 悪態をつきながら私は逃走を開始した。せっかく走るのだから、森の切れ目を目指そう。背後の音源とは等距離を保てている。この世界が下調べ通りだとすると、私の世界ほどの文明も、魔術もなかったはずだ。唯一この距離を詰める攻撃手段があるとすれば銃くらいか。

 「十分困るんだけどね」

 気配。大木の陰に飛び込む。遅れて木に小さな銃痕が刻まれた。巨木からしたら豆鉄砲のような威力でも、人体にとっては致命傷だ。当たるわけにはいかない。もう一発、二発と飛んできた。それを「雰囲気」で察知し陰に飛び込み回避しながら逃走する。舌打ちが聞こえてきそうだ。

  「あ」

 着地し、転がったときにまたスーツが破けた音がした。さらに身なりが悪くなったことでこれからの商談に暗雲が立ち込めるが、ひとまずはこの場を切り抜けなければいけない。現在の時刻を確認するために走りながら時計を確認。まだ時間に余裕はある。

 幸い、大木は絶えずにあった。直線的な攻撃方法の銃ならまず捕まらない。このまま森の切れ間まで逃げ切れそうだと安堵していると、背後で足音が「8つ」増えた。明らかに異質な足音だ。人のものとは間隔が違う。一瞬だけ振り返る。

 「犬はまずい」

 犬というのかはわからない。もしかするとオオカミかもしれない。人ほどもあろうかという体長の黒い獣が、私をとらえようと駆けている姿をみた。魔術行使の許可を上司に取り付ける時間もない。私は銃をよけるための蛇行逃走を続けながら絶望した。まだしばらく距離はあるが、あの速度だ。しかも獣は森に適応した生き物だ。私の不慣れな蛇行逃走では、より洗練された彼らの足にすぐにつかまってしまう。そう思った私はスマートフォンで会社に電話を掛けた。

 一回目のコール、でない。二回目のコール。出た。

 「はいはい。こちらは」

 「前口上はいいポンコツ。あとワンコールで出ろと教育したはずだ」

 「あ、その小うるさい口調と声はエイトさんですね」

 「ああ、そうだ。こちらエイト。世界渡りした先でトラブルに巻き込まれた。世界名はNO.006754だ。至急上司に魔術行使の許可を取り付けてもらいたい。緊急事態だ」

 「ご苦労様です。うまく世界渡りできたんですね。よかったです。それでご用件は?」

 「いった通りだアホ!トラブルに巻き込まれた。現地の盗賊に絡まれてあと30秒もしたら俺は捕まる。この状況に対して魔術行使の許可は下りそうかって聞いてるの!」

 「あらあら。本当に不幸体質なんですね、エイトさんって」

 「そんなことはいいから!どうなの!」

 「うーんと、だめですね。部長はいまお昼の時間です」

 「あんのクソおやじ……。このままだと客と出会うこともなくそっちに安全装置セーフティで戻らないといけなくなる。なにか手立てはないか」

 「魔術方面での解決は不可能かと。まず許可が下りません。いやになっちゃいますよね、会社って無駄な仕事が多くて。あ、今計算していたんですがエイトさんの身体能力では今追いかけられている犬にこうしている間にもつかまっちゃいますね。ちょっと待ってください。盗賊に捕まった後にそこから逃れる方法を解析します」

 エリカが言うと、腰に衝撃が来た。犬が私にタックルをし、それをよけきれなかった。地面に叩きつけられる。肺の中の空気が押し出されて、小さな悲鳴になった。犬が私の四肢を組み伏せて固定した。長い体毛が私の肌をくすぐる。家に置いてきている愛犬ポニーちゃんをほうふつとさせる感覚だったが、どうにもこのポニーちゃんはにおいがきつい。その発生源はどうやら口元のようだ。よだれがしたたり落ちる。かみ合わせの悪そうな凶暴な牙がずらりと並んでいる。犬はドッグフードではなく、肉を食べるのだったなと思い出した。人肉も食べるのだろうか。

 「何者だ」

 人の声がした。それは盗賊団の男のものだった。1人、2人と追いついてきた。初めに追いついた男が言う。

 「見慣れない服装だな。帝国のものか」

 スーツのことを言っているのだろう。これは社会人の鎧でして。と返そうと思ったが、鎧などといえば彼らが警戒を強めることは間違いなかった。かといって私の素性を彼らがすんなりと理解してくれるわけもあるまい。適当にごまかすことにした。そうこうしているうちに、自社の事務社員がこの場の解決方法を模索してくれているだろう。

 「い、いえ。私はそこの集落から逃げ出してきたものでして。助けを求めているのです」

 そういって適当な方向を示す。指で方向を刺したいところだったが首の動きで方向を示すくらいが精いっぱいなほどがっちりと押さえつけられていた。

 そちらに集落があるのかは不明で、出まかせだったが、男たちは少し戸惑ったような顔をしている。どうやら村は存在してくれていたようだ。よかった。エリカが調査をしている間、少しでも長く、この男たちと「おしゃべり」をする必要がある。すると、彼らの一人が言った。

 「そうか。お前、あそこから抜け出してきたのか」

 そして男たちが急に笑い始めた。何やら嫌な予感がして、背筋に冷や汗が伝う。

 「え、えっと」

 「あそこはな、俺たちの集落だ。お前みたいなやつを狩ってな、奴隷として売り出すための集落だ。どうやって抜け出したのかは気になるが……まあ、もう一回戻ろうや。不運なお兄さん」

 これは、どうやら本当に運がない。たまたま指さした方向に彼らの集落があったとは。これではこれ以上時間を稼げないじゃないか。

 「解決策は?」

 小声でスマホの向こうのエリカに問う。

 「うーんそうですね。エイトさんのガンバリはもう関係ないんですが……」

 のんきそうな声で、エリカは言った。

 「しいて言えば、その場で絶対に動かないでください。ですかね」

 そういって彼女は電話を切った。ぶつっという電子音。命運が切れる音はこんな音なのだろうか。

 そんなくだらないことを思っていると、頭に温かい赤が降ってきた。それが切断された犬の頭部から漏れ出したものであると理解するまでに少しだけ時間が必要だった。押さえつけていた四肢から力が抜ける。大きな音を立てて巨体が倒れた。黒フードたちも何が起きているかわかっていないようで、動きを止めている。

 「風がうるさいな」

 赤に続いて、声が頭の上から降ってきた。いつの間にかそこにはぼろ雑巾のような服をきた一人の男が立っていた。髪を乱雑に伸ばしていて、目元が隠れている。靴は履いていない。姿勢も悪く、体格もよくない。まるで物乞いのような男だ。

 しかし、彼の持つ「得物」がその印象を打ち消していた。彼の背丈ほどもある日本刀だ。細く、反りのある形状をほかの刀剣と見間違うことはない。白く透き通った刀身をみるに相当な業物を予感させた。少しだけ変わった刀だった。峰に鈴が等間隔に3個ぶら下げられている。彼はその刀を肩に乗せているのだが、鈴はピタリと静止している。風があるというのに、不思議な風景だった。

 「去れ。もう一度鈴が、なる前に」

 盗賊たちはやっとこの男が犬を殺したのだと理解したようで、うろたえ始めた。リーダーと思わしき人間が何かを感じ取ったのだろう。撤収を命じた。さすが盗賊、撤収の速度は素晴らしく、すぐに視界から消えていった。

 ―ほら、助かったでしょう

 向こうの世界でエリカがニヤニヤ笑っている気がした。事務は天から見下ろす立場だ。営業がこんなに苦労をしているというのに。給料も変わらないと来ている。

 ただ、営業をやっているといいと思えることもある。それは、様々な世界の「英雄」たちとこうして出会えることだ。この男もそうだ。この異世界をその刀一つで滅びから救いかける男。剣客、リン。書類の記載の通りなら今私たちの世界を滅ぼそうとするアルドを殺傷せしめる可能性がある。国指定の最重要人物だ。

 「大丈夫か」

 男が言った。彼は刀にぶら下がる鈴のと同じく微塵も動かない。

 「ええ、大丈夫です」

 立ち上がってリンに礼を言う。ホコリを払い。一礼する。

 「ありがとうございました。助かりました」

 仕事は笑顔が大事だ。向こうはこちらをチラリとも見ないが、笑顔を作る。

 「礼などいらん。たまたま俺の刀の鈴が鳴った、それだけだ」

 「それは幸運だった、ということですか」

 「そうとってくれて構わん。それではな」

 リンは立ち去ろうとする。そんなことをされてはたまらない。

 「待ってください!」

 せっかく向こうから来てくれたのだ。私は彼に大きな声で言った。まずは挨拶だ。

 「こんにちは。私は」

 「たまたま運のよかった男の名前などに興味はない。去れ」

 業務に携わってきて、こんな雑な扱いは何度も受けてきた。門前払いになることも何度もあったし、そもそも出会うことができなかった時もある。一度は頭に水をかけられたし、殺されかけたこともある。それでも私は、自分の唯一の武器をポケットから取り出す。それは手のひら大の小さな紙きれだ。

 「せっかく命の際を救っていただいて、自己紹介もできないというのは社会人の名折れです。せめて名乗らせてください」

 そういって男に紙切れを、名刺を押し付けた。空いているほうの手でそれを受け取ってくれた。

 「私はエイト。とある異世界の日本政府、その中の救世主招集課で仕事をしています。特にそのスカウト業務が私のメインとしている仕事です。えっとそのつまり」

 さて、仕事の時間だ。私たちにしかできない、

 「救世主に興味は、ございませんか?」

 私たちの世界を救うための仕事を始めよう。


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