⒊
その晩、俺は旅立ちに必要なものをまとめる作業をしていた。
といっても私物なんてほとんど持っていないのですぐに終わる。
荷物を入れるバッグと護身用の短剣、灯をともすためのランプ、これだけである。
旅に何が必要か、そんなもの実際に旅をしなければわからない。
準備も終わり明日のために最後のここでの睡眠をとろうとベッドに横になる。
この孤児院で過ごした日々の想い出が蘇る。きつかった神父の剣の稽古。家族と呼べる同じ孤児院の仲間たち。過ごしてきた日々の暖かさに俺はなんとも言えない気持ちになる。今日が最後、ずっと一緒に居たかった人たちとの別れを胸に眠りにつかなければならない。
もやもやで眠ることができない中、ドアからノックする音が聞こえた。
「アル、おきてる?」
メルの声が聞こえてきた。
「起きてるよ。どうしかしたか?」
そう答えるとドアを開きメルがドアの隙間から顔をのぞかせてきた
「昼の神父様のお話がなんだったのかきになって…」
メルは感のいい子だ。
獣人かなのかは分からないが野生の感的なものが素晴らしくいい。
「大したことないよ。ちょっとしたお説教だな。」
「本当に?」
本当に感のいい子だと思う
疑ってるんじゃなくてこの子は確信を持って言ってるんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。
「そんな事よりどうしたんだ?一人で寝るのが怖いか?一緒にねてやろーか??」
俺は誤魔化すために適当なことを言ってみる
「うぅ〜///」
自分の服の裾を握りしめて恥ずかしそうに下を向いてる。
なにその反応。もう14歳になったとか言ってたじゃん。
子供扱いするなとか言ってたじゃん。
とか思ってたらいそいそと俺の隣に潜り込んできた
「えっ…本当にどうしたんだ?」
「なんかさ…アルにぃがいなくなる気がして怖くてさ。別にアルにぃがいなくて私が困るわけじゃないけどレンとかミユが絶対泣くもの」
この孤児院には13人の子供たちがいる。みんな俺の弟や妹だ。
レンとミユは同じ孤児院の子供達の中でも最年少で二人とも5歳だ。
「アルにぃはいなくならないよね?」
このままではまずい
下手すればこいつまで付いて来るとか言いだしかねない。
正直、バレれば即捕まり処刑される旅になんて連れてけない。
「なにを心配してるんだよ。俺はみんなの兄さんだぞ。何があっても、何をしてもお前らを守ってやるに決まってんだろ。」
そう 俺はみんなを守るんだ
守るために離れるんだ
「可愛い弟や妹を守らない兄さんなんていないさ。そんな事より寝ようぜ。夜更かしはお肌に悪いんだぞー。」
そう言って俺は灯りを消す。
「そっか。分かった。おやすみ」
そう言うとメルは眠りについてくれた。
ごめんな。
明日の準備は終わってる。俺ももう寝よう。
メルのおかげで俺のすべきこと。大切なことは俺のことよりも、この孤児院のみんなだから。
翌日 明朝
目を覚ますと隣にメルがいる。しっかりと眠ってるようなので安心した。
俺は荷物を手に取り最後にメルの頭を撫でる。
「行ってくるよ。ごめんな」
くすぐったかったのか少しもぞもぞしてる。
物音を立てぬよう、俺は静かに部屋を出た。
孤児院を出るとすぐのところに見知ったハゲ頭があった。
「おっさん……」
「随分と早い出発だな。危うく寝過ごすとこだったぞ。」
そう言う神父様の目の周りには隈ができてた。
寝ずにずっと待ってたのだろうか。
「旅に必要なものを用意しといた。持っていくといい。」
そう言って渡してきたものは二本の短刀、黒い外套、そして小汚い袋だった
「この短刀と外套は昔私が旅をしていた時に使っていたものだ。こう見えて割といいものでな。短刀はよっぽどの事じゃないと折れないと思うし、何より武器は少しでもいいものを持っておきなさい。外套は暖をとる事もできる。多少の火や雨なんかも防げる優れものだぞ。」
「何から何まですまない。」
この神父は本当に…いい人だ。
「そしてこの袋にはシスター達に見つからないように貯めている私のヘソクリがはいってる。足りないとは思うが持って行ってくれ。」
そう言われ俺は袋の中を覗いてみる。
「50000ジェルほど入ってる」
この世界で50000ジェルは大金だ。
安い剣なんかで1000ジェル、リンゴが大体10ジェル、切り詰めて生活すれば一年は生活していけるくらいの金額だ
「そんなに貰えねぇよ。孤児院やっていくのにもいるだろ。」
さすがに貰えない。俺なんかに使うより弟や妹達に使ってくれた方がよっぽどいい。
「心配するな。孤児院を運営して行くための資金はきちんと別にしてある。これは私のヘソクリだといっただろ。」
そう言うと神父はニヤリと笑い
「息子のめでたい旅立ちだ。これぐらいはさせろって。」
「いや、でもよ」
それでも受け取れない。何故なら俺自身いつバレるのか不安があるからだ。この能力を知った時からいつか死んでしまう事を心の奥で覚悟をして生きてきた。大金をドブに捨てるわけにはいかない。
「なら、いつか返しに来い。いつでもいいから返しに来い。あるいは取りに行く。お前の住む場所に取りに行く。だから死ぬ気で生きろ。」
この神父は全部分かった上で言っているんだろうな。
「いつ死んでもいいなんて思うんじゃない。かっこいい死に方なんて求めものではない。生の最後までしがみついたって良いじゃないか。だから諦めるな。希望はある。」
この神父はいつもそうだ。落ち込んだり辛い時、いつも希望をくれる。泣きそうだ。
「だが、男に生まれたんだ。死ぬ時は大切な何かを守る時か寿命なら許そう。それ以外は死ぬ気で生きるんだ。」
涙が出そうになるのを堪えながら俺は一言だけ言葉に出来た。
「いつか絶対に返すからな」
「あぁ、その時を待っているよ」
結局受け取ってしまった
おそらく俺はこの神父には一生敵わないだろう。
「行ってくるぜ、またな。」
「行って来い。アルクよ。お前の未来に幸運を祈っておく。また会おう。」
さぁ 旅立ちだ。
世界を知れる良い機会だ。どんなことでも乗り越える勇気と希望を与えてくれた神父様、俺の事を兄と慕ってくれた弟妹達、優しかったシスターたち。今までありがとう。
行ってきます