「少女の物語」
七月生まれ。女の子のわりには大きな赤ちゃんだったらしい。
幼稚園の頃はあまり記憶がない。小学校低学年の頃も、あまり覚えていない。普通の女の子だったと思う。男の子とばかり、よく遊んでいた。
(幼少期は、これで誤魔化せるだろうか?)
初潮は小学校五年生で来た。背が高いせいか、まわりより早いほうだったようだ。
(これは最近ネットで見た情報だ。私の世代の頃はどうだったんだろう? そこまで大きな違いがあると思えないが、同年代への取材は難しい。保留)
ファーストキスと処女喪失は、ともに十五歳の時だった。ずっと年上の恋人だった。その相手とは結構長く続いたが、相手が死んでしまったため、二人の関係は終わりを告げた。
私の手首が傷だらけなのは、心から愛し合い、将来まで誓い合ったその恋人を失って、精神の均衡を欠いていた時期があったからだ。今もたまに思い出して、傷をつけてしまう事がある。
だから恋愛そのものに、必ずやってくる喪失への恐怖を抱いてしまうので、まだまだ恋人は作れないと思う。
(それでもいい、俺が守ってやるなんて奴への対処――きっちり考えておく必要あり。このプランにおいての優先事項)
大学には一応入ったのだけど、そのショックで外にも出られなくなり、留年が決まったのでやめてしまった。
(いや、大学自体に行ってないとする方が良いだろうか? どこだったかを聞かれるかもしれない。そして、もし同じ大学の人間がいたらよろしくない。この項目についても一考を要する)
だめだ。やはり、空白が随所にできてしまう。そう思って、涼はノートを閉じた。
中高生時代の思い出が欠落している。当時の女子に人気だったタレントや、流行っていたもの、そのあたりについて、ある程度の想像はできるのだが、確信はない。
ずっと男勝りな女の子だったとするのは、少々無理がある。現在の自分に繋がらないからだ。どこかで辻褄を合わせないといけない。恋人の喪失をきっかけにするか? それも難しいだろう。そんなに突然人は変わらないものだと思う。
いや、変わりやすいものにしてしまおうか。失っておかしくなるほどの恋人だ。結構年上だったその恋人に影響されて、同年代との付き合いはなかったとか。それほど不自然ではないかもしれない。
……しかし、その恋人について考えると、涼はいつも、気が重くなる。
裏切られたことを思い出すのではなく、その恋人は、涼太という少年の恋人だったからだ。必死で塗り替えようとしている記憶と、密接に結びついているからだ。
ならば、その恋人そのものから離れたプランを考えようと思う事もあるのだが、できない。傷の理由にせよトラウマの理由にせよ、色々と便利に使えると思うからだ。他の理由は何もない。何もないと思いたい。
あれから二、三年もたつというのに、まだ諦めきれていないのかもしれない。つまりジュンに気持ちが残っているのかもしれないが、認めたくはない。
涼太の感情は極力抹殺されるべきだ。自分が女であるなどとは、まだまだ胸を張って言えないし、言える時は来ないのかもしれないが、少なくとも、体が完全な男でなくなった瞬間に、あの子は死んだはずなのだから。
一人の人間を殺して、その隙間を埋める作業というのは大変なものだ、涼は最近になって、それを強く実感している。
過去について何も語らない、ミステリアスな存在にでもなるか?
そう思ったこともあるのだが、それは即座に駄目だとわかった。いらぬ興味を引きたくはない。何をもって普通と言うのか、などと深く考えないが、普通でありたい。普通の女として生きて行きたいからだ。
普通であるために、なんでこれほどの苦労をしないといけないのか。そこまで苦労をして得られるものは一体何なのだろうか。
答えは、もう分かっている。報酬として、普通でいられるのに違いない。ただそれだけだ。
この思考は堂々巡りになるので、涼は眠る事にした。明日は休みだ。




