「潰えた夢、生まれた夢」
「赤ちゃん、出来ちゃうかもね?」
いつも行為が終わると、とても楽しげな声で涼太は言うのだが、その表情は、声とは裏腹に、沈んでいた。
肯定されても否定されても、自分は気を悪くする。わかっているのに、言う。自分もたいがい性格が悪いな、と涼太は思うのだが、やめる気もない。
「名前でも、考えとくかい?」
ジュンの言葉は、いつも、他の男と少し違う。そこが気に入って、ジュンと会う頻度は、他の男よりかなり高くなった。
一番違う点は、セックスそのものより、涼太の話を色々聞きたがるところだった。
はじめは少し鬱陶しく思った事もあるが、打ち解けていくうちに、涼太の方から、進んで色々な話をするようになっていた。
涼太は、ジュンと並行して複数の相手と交際していたが、高校受験のためにそのほとんどを整理した。残したつもりの者にも、会う頻度が減った事で結局去られてしまい、涼太が高校生になった頃には、相手はジュンだけになっていた。
週末や、休みのたびにジュンの部屋を訪れ、長居して、ひどい時には鞄に制服を詰めてきて、朝はジュンの部屋から学校へ行く事すらもあった涼太だが、親はその事については、別に何も言わなかった。
涼太は、少し高望みした第一志望の高校に受かったし、ジュンは涼太が泊まりにくるたびに、涼太の親に挨拶の電話をするし、たまには土産の一つも持たせたりという事をしていたので、涼太の親のジュンへの印象は、そう悪くなかったのもある。
もちろん涼太の親は、二人が「そういう関係」である事は知らず、涼太が言う、「ゲーム仲間」「少し勉強も見てもらえる」を、そのまま信じていたのだが……。
涼太の心はと言えば、それまでよりも、かなり悪化していた。
その最大の理由は、それまでは低いほうだった身長が、高校に入ってから急に伸びはじめた事だ。
ますます自分の体が、心が願う姿と遠ざかる……涼太は自分を許せなかった。
だから、自分に罰を与える頻度は増していったし、それまで以上に、その心も壊れていった。
「寂しいよ……終わったら、ちゃんと帰ってきてくれるよね?」
休日、ジュンがアルバイトに行った時、戻ってくるまでの五、六時間を待つ事もできず、不安に駆られて、こんな電話をジュンのアルバイト先にかけてくる事があった。ひどい時は、手から血を滴らせながら、アルバイト先までやってくる事もあった。
アルバイト先の店長は、同性愛にかなり理解があるどころか、興味を示す女だったので、電話には「恋人から電話だよ」などと笑いながらジュンにつないでいたし、血を流しながらやってきた時も、怒ったりはせず、手当てをしてやっていた。
とはいえ、それに甘えるのも気がとがめて、ジュンはそのアルバイトをやめてしまった。
涼太は、口では必死に謝っていたが、内心では喜んでいた。これで、もっと長い時間、自分の事をわかってくれる人と、一緒に過ごせるのだと思って。
「きっと私、女の子になれるよね?」
「女の子になれたら、お嫁さんにしてくれる?」
「もう悲しまなくていいように、抱きしめていてくれる?」
「子供を産んであげる事はできないけど、ずっと一緒にいてくれる?」
涼太が何度も何度も繰り返す質問に、ジュンは、涼太が望む返答をし続けた。数年前までの涼太は、それらの質問に肯定的な返事を返されると、むしろ気を悪くすることが多かったのに、考え方がかなり変わっていた。
というより、精神的に、ジュンに依存しきっていた。自分にとって気持ちのいい嘘をついてくれる存在である事、それのみを求めるようになっていた。
しかしジュンは、涼太に嘘をつき続ける事に、いつしか耐え切れなくなった。気付かぬうちに溜まって行った澱、小さなヒビは、気付いた時には、大きな断絶になっていた。
涼太はその頃は大学生になり、依然としてジュンと会ってばかりではいたが、形としては一人暮らしを始め、自分が思う本当の自分に、少しでも近づけるように努力を始めていた。
あと数ヶ月で成人を迎える。そんな時になって、突然、ジュンは涼太の前から姿を消した。風の噂では、結婚し、遠くへ引っ越したらしい。
最悪の可能性として、今までは想像すらもしたくなかった事が現実に起きたというのに、不思議と、それほど悲しくなかった。
涼太が心から望んでいる事、女になるための究極の手段。その事について、理由はわからないが、ジュンは反対していたからだ。
本当なら大学になど行かず働いて、すぐにでも費用を貯めて実行するつもりでいたのに、行けるなら行った方がいいとしつこく言われたので大学に入り、そして入ったら、ちゃんと勉強をして卒業しろと言われるようになった。
涼太は、そんなに悠長に待っていられなかった。だから不満も感じていた。
ジュンが消えて、すぐに涼太は究極の手段を講じた。ごく少数の古くからの知人には、捨てられて自暴自棄になったなどと言われているのだが、実際には、自棄を起こしたのではなくて、むしろ枷が消え去ったのだ。少なくとも本人は、そう思っている。




