「夢の形」
涼太がジュンに抱かれたのは、二度目に会ったときだった。おおむね涼太の希望通りの方法で。 それからも何度か会って、何度か抱かれている。
「手首、傷だらけだね」
あるとき、なにげなく、ジュンは気になっていた事を言ってみた。
「……うん」
「辛い事があるの?」
手首や腕について気にする男は、何人かいた。ある者は同情し、ある者は精神論を説いた。この人はどっちだろう? 程度にしか、涼太は思わなかった。
ジュンは何も言わなかった。何も言わずに、涼太の頭を突然撫でた。
「……頭撫でられるの、あまり好きじゃない」
「俺は大好きだ」
「あはは」
なぜか妙におかしくなって、涼太は笑った。
「何がおかしいんだい。まあ色々あるんだろうけど、俺で良かったら話聞くからさ」
「うん」
涼太はその言葉を軽く流した。魔法使いでもあるまいに、この人が自分の悩みを即座に解決できるはずはない。そう思ったから。
しかし涼太は、なにげなく悩みを口にした。
「女の子に、なりたい……」
ジュンにも何度か聞かせている話ではあるが、それが、ここまで深刻な悩みであるとは、言っていなかった。
「なるほど」
なれるとも、なれないとも言わず、ジュンはただ返事をした。
どちらの返事をされても、涼太は気分を悪くする。今までそうだった。ジュンはその事を知るわけがないのだが、結果的に一番無難な返事をした事になる。
「……なれると思う?」
涼太はあえて、答えを求めた。ジュンが逃げたように感じたのだ。別に無理に白黒をつけさせる気はないし、どう返答されても自分は悲しいとわかっているのに、つい求めてしまった。
「小難しい話になるけどさ」
ジュンはそう言って、煙草に火をつけた。
「生まれ持った性別を本当に変えるのは、現実的には無理だろうね。でも、そうなったと自分で思い込む事や、他人に思わせる事は、できるかもしれないな」
ジュンのこの答えは、涼太が今まで聞いた事のないものだった。
「で、その事で悩んで、手首をそんなにしちゃったの?」
「……うん」
「そうか」
そっけない。そういう感想を、涼太は抱いた。しかし、そのそっけなさが、体を大事にしろとか叱られるより、無闇に同情されるより、なぜか心地よかった。
「まあ、とりあえず、涼の希望は守るようにするからさ」
抱かれる時の希望。ジュンは、比較的忠実に、それを守ってくれる方だった。
涼太は心は女になりたくても、体は比較的健康な、思春期男子のものだ。
だから、我慢はしているつもりでも、たまには心が体に負ける。
抱かれる時も、まれに、相手に自分の男の証拠に触れる事を許すし、望む。後でひどく自己嫌悪に陥り、傷を増やす事もあるのだが……。
今回は、そうだった。普段、理解のある相手といる時と、抱かれる時は自分を「私」と呼んでいるのだが、その場合は自分を「僕」と呼ぶ。
「僕は、今日は……男解禁したいんだけど」
服を全部脱いでベッドに横たわり、ジュンに体を寄せながら、涼太は小声で言った。
男役をする、というわけではないし、涼太はそんな事は絶対にしたくない。しかしその時は、女のように抱かれたくはない。つまるところ、「自慰のお手伝い」を頼んでいるわけだ。
自分が男である証拠に触れられ、咥えられ、そして達するまでの間……涼太はできるだけ余計な事は考えないようにしている。単に今そこにある快感だけを知覚するよう、意識している。
これは生理現象なんだ。気持ちいいと思ってるのは本当の私じゃない。相手には悪いけど、これは排泄のようなものだ……。
今感じているのは、私じゃない別の人。そう考える事で、後の自己嫌悪を少しでも軽くする事ができる、あるときそれを知ってから、そうするようにしていた。
今回の自己嫌悪と虚脱感は、いつもより、やや軽かった。
出した後の始末まで、相手に丸投げしてしまうのには少し罪悪感を覚えるのだが、どうしてもしたくないし、見たくない。だから涼太は目をそむけたままだ。
ジュンはその気持ちを完全に理解できるわけではないが、聞かされてはいる。だから協力している。
特有の疲労感が抜けたあと、涼太はまたジュンに体を寄せた。
「今度は、今の嫌な気持ち、消させて?」
ジュンはうなずくと、涼太をベッドに寝かせた。
「気持ちいい? 私のあそこ、気持ちいい?」
そのたびにジュンは、気持ちいいよ、と返事を返す。
涼太は女として抱かれるときには、男として「処理」する時とは正反対に、やたらとよく喋る。触れられるたび、大袈裟とも思えるほどの嬌声を張り上げ、男が動くたび、切なげな声を上げる。
涼太は、男に自分の中で達されるのが、好きだった。性感染症についての知識はあったが、あえてそのリスクは無視し、自分の中に男の精液を受け止めるのが好きだった。
ほんの一瞬だけ、絶対に起こり得ない事、絶対に叶わない願望が叶うかもしれないという夢を見られるから。




